2014
10.18

「香り立つ金木犀」

9月なのか10月なのかよく分からない内容になっちゃいましたが、季節ものエジリディSS第6弾です☆




「香り立つ金木犀」








蒸し暑い夏が過ぎたエブラーナ王国。涼しく心地良い外気が漂うようになったこの国では、1年の中で最も過ごしやすい季節の訪れを誰もが感じていた。


「ん…。」


夏と違い、夜眠りにつきやすくなった季節のある朝、王妃リディアは少しひんやりとした空気を感じながら目を覚ました。

(エッジ…もういないや。)


眠りから覚めた視界がゆっくりと焦点を結ぶと、まだ微かに夫の温もりが残る枕と布団が見えた。


いつもリディアが目を覚ます時、エッジの姿は朝の稽古ですでにベッドにはない。その光景を目にするたび、リディアは毎日忍びの一族の長として鍛錬を欠かさない夫を想うのが日課となっていた。


「エッジの着替え、用意しておかなくちゃ。」


まだ完全に目覚め切っていない身体を起こし、窓を開けて爽やかな秋の朝の空気を吸い込む。肺がすっと浄化され、全身が秋の色に染まっていくような気分になった。稽古で汗をかいて戻ってくるであろう夫のために箪笥を開け、着替えを用意していると…


「ん…?」


何やらほんのりと甘い香りが漂っているような気がしたリディアは、クンクンと鼻を利かせてみる。

「いい香り…何の花かしら?」

目を閉じて深く呼吸すると、その香りは鼻の奥でふわっと広がり、全身の力が抜けて行くような心地良ささえあった。ミスト地方では嗅いだことのない香りに、リディアは夫の着替えを手に持ったまますっかり酔いしれていた。



「お前何でそんな立ったまま寝てんだよ?」
「!」


夫が寝室に入って来たことにも気付かず、甘い香りに夢中になっていたリディアは軽く飛び跳ねた。

「ね、寝てたんじゃないわよ!エッジの着替え用意してたのよ!」
「お前は昔から寝坊助だからな~。俺がいねぇと起きられねぇのか?」

エッジはニヤニヤしながらリディアの顔を覗き込みながら指で色白の柔らかな頬をつつく。

「目を閉じてただけなの!寝てないもん!」
「しょうがねぇ奴だな~。なら目が覚めるように朝の夫婦の運動するか?今から汗かいた服脱ぐし、丁度いい…」
「バカッ!!外からいい香りがしてたから、それを堪能してたの!」



リディアの一言でエッジは何かピンと来たようで、卑猥な笑みを浮かべていたのがすっと穏やかな笑みへと変化した。

「お、そうか。この香りは金木犀だぜ。」


きんもくせい?

やはり聞いたことのない名前である。リディアが軽く首を傾げていると、エッジは歯を見せながらにっこりとした。


「確かミストには金木犀咲いてねぇよな。昔ファブールからエブラーナに伝わったって言われてるんだ。」
「へぇ、そうなんだ。」


エブラーナの王妃となったものの、リディアにはまだまだ知らないことがいっぱいである。そんなリディアにエブラーナ文化を教えてくれる夫はいつも笑顔。リディアはエッジのその笑顔が大好きで、口元が自然に綻ぶ。


「毎年この季節になると咲いて、甘くていい香りがするんだ。今朝の稽古に行く時、そろそろ見頃だって思ってたんだぜ。」
「そうなの?じゃあ…」


リディアの手がエッジの逞しい腕をきゅっと掴むと、彼は待ってましたとリディアを抱き寄せる。


「朝飯食ったら、金木犀見に行くか?」
「うん!」

笑顔でいっぱいの2人はしっかりと抱き合い、見つめ合いながら流れるように、自然と唇を触れ合わせた。













「いやぁ、それにしてもよ…。」
「?」


朝食を終え、家老や侍女達に見送られ、手を繋いでデートへと出掛けるエッジとリディア。エッジが何か言いたそうにしているので彼の方を見ると、とても嬉しそうである。


「俺達、夫婦だなぁ…。」


一国の王らしからぬ、締まりのない表情で発されたエッジの一言。リディアは彼の意図がはっきりと汲み取れず、不思議そうな顔をしている。


「金木犀が見頃だって言ったら、お前は俺がデートしたいって思ってるの分かってくれたもんなぁ~、すげぇ嬉しいぜ。」


好きで好きでたまらない妻が自分の気持ちを汲んでくれて、エッジは実にほっこりとしている。

「ふふふ…そんなに嬉しいの?」
「…当たり前じゃねぇか。」

よく見ると、エッジの頬はほんのり赤い。リディアがこうして彼の好意に応じてやると、子供のように嬉しさを表現する。国王としての立場柄、妻である自分の前でしか見せない、そんな夫の可愛い様子もリディアは大好きだった。


「エッジ…ちょっと寒い。」


城門をくぐり抜け、城の者達の目が無くなったところで、秋の朝の外気に少しぶるりと震えながら、リディアはエッジにぐっと身を寄せる。その行動がエッジの鼓動を速まらせることを未だに理解していないのだから、彼にしたらたまったものではない。


「ったく…お前は手のかかる奴だなぁ。」


言葉は相変わらず悪いが、大きな手はリディアの肩を温かく包み込む。それを感じたリディアは、一層身を夫に密着させ、チラリと彼の顔を見上げた。

「…あっためてやるから、俺のそばにいろよ?」

優しい笑顔のエッジにリディアがうっとりとした笑顔で頷くと、柔らかく温かい彼の唇が、リディアの少し冷えたそれをそっと優しく包み込んだ。







*****






「あ…この匂い。」


しっかりと身を寄せ合って2人がやって来たのは、エブラーナ城近くにある、金木犀が立ち並ぶ林。澄み渡る秋空の下、黄金色の小さな花は濃い緑の葉を背景に甘い芳香を放っていた。


「きれいね…金木犀って名前の通りの色ね。」

夏ならばむせ返るであろう甘い香りだが、秋の涼しげな空気の中ではその香りは心地良く、品良く仕上がっている。島国のエブラーナだからこそ感じることのできる季節ごとの趣の違いは、大陸出身のリディアの興味をそそる。

「あぁ~、いい香りだなぁ。この香りがすると秋が来たって気分になるぜ。」
「そうなのね。エブラーナには何回も来てたのに、金木犀があるって知らなかったわ。」
「んー、金木犀は小せえから雨や風で簡単に散ってしまうんだよ。咲いてるのも長くて5日ぐれぇだからな。」


美しい花の短い命。その儚さゆえ、エブラーナの人々は金木犀を愛で、毎年その香りを堪能するのが楽しみなのだ。

「そっかぁ…こんなにきれいなのにね。」
「あぁ…。ほら、行こうぜ。」




林の中に入ると、早速甘い香りが寄り添う2人を包み込む。金木犀の木の近くで鼻を利かせると、少し柑橘系が混じったような香りがした。甘ったるくなく、スパイスのような爽やかさも兼ね備えたバランスのある心地良いその香りを、リディアは蕩けるような表情で堪能していた。


「ははは、お前すげぇマヌケな顔してるな。」
「何よぉ、いい匂いがするんだからしょうがないじゃない。」




(本当に可愛い奴だな…。)




出会ってから10数年、すっかり落ち着いた大人の女性となったリディアだが、その純粋さは出会った頃と変わらない。エッジ自身も年を重ね、王子時代と比べれば落ち着きを増したが、リディアのこととなるとたちまち表情が緩んでしまうのは止められない。


林の中をゆっくりと見て回るエッジとリディア。短い開花時期の花をこうして2人で楽しめるのは、夫婦となってずっと一緒にいられるからこそ。それを実感するエッジの鼓動はやや落ち着きがないままだった。


「いい香りね…この香りって何かに使われたりしないの?香水とか。」
「あー、ファブールになら金木犀の酒があるぜ。毎年ヤンが気を利かせてエブラーナによこしてくれるんだ。甘くて美味いぜ。」
「そうなの?じゃあファブールから届いたら、一緒に飲みたいな。」
「結構強い酒だぞ?お前大丈夫なのか?」
「少しだけなら大丈夫よ。エッジ、お酒好きでしょ?…結婚してからお酒飲んでるのほとんど見たことないし、たまには飲んでもいいんじゃない?」


エッジはリディアの言葉でハッとした。独身の頃、仕事の辛さや彼女を妻として迎えたいのになかなか実現しないそのもどかしさを忘れようとしては晩酌をし、眠ろうとしていたことも珍しくなかった。だが彼女を娶ってからは他国との会合や何かの祝い事の時以外、自然と酒を口にしなくなっていた。愛する女性と身を固めたことが自分を大きく変えているのだと気付き、エッジは何となく照れ臭くて頭を掻く。


「そ、そうか?…なら届いたら飲もうか。毎年この時期に来るはずだしよ。」
「うん!」


飲み過ぎては身体に悪い酒だが、愛するリディアと飲むなら良薬になるに違いない。夫と杯を交わすのを嬉しそうにしている彼女を見ていると、そんな都合のいい解釈も間違いじゃないだろうと思えてくる。リディアの細い肩を抱き寄せる腕に自然と力が入り、色白の頬にちゅっとキスをした。

「んもぅ、エッジったら…。」
「いいじゃねぇか。…唇にした方が良かったか?」
「スケベ。」


言葉とは相反し、顔を鍛え上げられた胸元に埋めてくるリディアの行動に、エッジは彼女を押し倒したくなる衝動に駆られるが、ここは城の外。昔ならば所構わず愛情表現を行っていただろうに、今では欲求よりもリディアの気持ちを優先しようとする理性が勝る。


(俺…本当に変わったもんだな。)


年を重ねて枯れてしまったとも言えるだろうが、本当に惚れてしまった相手だからこそ自分の勝手は通せない。それを身を以て教えてくれたリディアを腕に抱くと、彼女の体温と匂いがエッジの全身を満たし、痺れるような感覚を起こす。

「エッジ…あったかい。」
「…そんなこと言ったら、離さねぇぞ?」
「うん…。」

エッジの顔を見上げるリディアの瞳はすっかり潤み、柔らかな可愛い唇は口づけして欲しそうな動きを見せている。エッジがそれに応えないわけがなく、リディアの後頭部をしっかりと支えて深い深い口づけを贈る。

金木犀の香りを含んだ秋の涼風が、リディアの柔らかな緑の長い髪をふわりと浮かせ、彼女の後頭部を支えるエッジの指に緩く絡んだ。

細い背中を抱きしめて顔の角度を変えながら、もっと欲しいと唇を侵入させていくエッジ。鼻で必死に呼吸して応えるリディアだが、苦しくなって唇を離し、顔を背ける。

「はぁっ…はぁ…。」

少し俯いて必死に息を整える妻を見てやり過ぎたと感じたエッジは、労わるように彼女の髪と背中を撫でる。

「悪りぃ…。」
「…エッジのバカ。」

透き通るような色白の頬にそっと詫びのキスをした時、舞い上がるような少し強めの風がエッジとリディアの頬を掠める。


「…あ。」


2人の目に映ったのは風に乗って散り、ぱらぱらと地面に落ちていく小さな黄金色の花々。

「散っちゃったね…。」
「あぁ…。」


少し悲しげな表情で、散った金木犀を眺めるリディア。そんな表情するなよ、と語りかけるようにエッジの温かい手が風で少し乱れたリディアの髪を撫で、耳にかけてやった。


リディアはその場にしゃがみ、散った金木犀を手に取り始めた。色白の掌の上で、金色のような橙色をしたその花はまだ少し芳香を放っている。


「こんなに簡単に散っちゃうんだね…。小さくてきれいだし、髪飾りか何かに加工できないかしら?そうしたらいつでも見ていられるのになぁ。」


気に入ったものをずっと手元に置いておきたい、人としての自然な心理。掌に乗せた金木犀の花を眺めるリディアに寄り添うようにエッジは腰を落とした。


「…そうだな。けどよ、リディア。」
「?」

リディアがエッジの方を向くと、彼はとても穏やかで優しげな表情。

「確かに金木犀が咲くのはごく短い間だし、散る時はすげぇ悲しい。だから大事にしたいって思うんだよ。」


エッジの言葉に、リディアは胸が何やら苦しくなるような気がした。いつか散ってしまう花の運命。それと同じように、いずれ人もその生涯を終え、愛する人との別れがやってくる。普段は忘れてしまっている事実が頭を過ぎり、ゆっくりと俯いてしまった。



「…リディア?」
「…。」



言葉を発することなく、黙り込んでしまった妻。何か自分が気に障ることを言ってしまったのだろうかと、エッジはリディアの顔を覗き込もうとするが、彼女はさっと横を向いて立ち上がった。


(何だよ、リディア…。)


「ねぇ、あっちにも金木犀がたくさん咲いてるわ。」


エッジの隣からすっと離れ、まだ散っていない金木犀の方へと歩き出すリディア。


また風が吹き、地面に落ちていた金木犀は軽く舞い上がり、リディアが向かおうとしていたところの金木犀がいくつか散った。


それを見た瞬間、エッジは衝動的にリディアの腕を掴み、自分の胸に抱き寄せた。


「…エッジ?」


伝わってくる夫の体温を感じていると心地良くて、さっきまで胸を苦しくしていたものは徐々に薄れてゆく。何が起こったのかと驚きを隠せず、エッジの顔を見上げると、彼は少し目を細めてリディアを見つめていた。



「…さっきはあんな事言ったけどよ。」
「?」


ぱっちりとした翡翠色の瞳を軽く見開き、リディアも何か言おうとするエッジを見つめる。




「俺は、お前と短い間でお別れなんて嫌だ。」




自分への想いが込められたエッジの言葉に、リディアはドキッとした。夫からは何度も愛の言葉を囁かれているというのに、速くなる鼓動と共に切ないような嬉しいような気持ちが沸き起こってくる。


「俺は、ずっと…できる限り長く、お前と一緒に暮らしたい。いつかはお別れだなんて、考えたくねぇ…。」


先程のリディアの思いを汲み取ったかのようなエッジの一言。リディアは堪らずエッジの背中に腕を回して力一杯しがみつく。



風に吹かれ、儚く散ってゆく、小さな金木犀。リディアがその方向へと歩いて行くのを見て、彼女が消えてゆきそうな気がしてしまったのは、どうしても失いたくないという想いから来る不安。



「うん…私もずっと、エッジと一緒に暮らしたいよ…。」





―――エッジ、私もあなたと同じこと思っているよ


だから心配しないで


ずっと一緒にいようね






まだ日が登り切らないエブラーナの秋の朝。香り立つ金木犀に囲まれ、2人の抱擁は強さを増すばかり。




自分達が共に、永き幸せな時を過ごせますように。




再び吹く秋風に舞い上がる小さな黄金色の花々の儚さに負けまいと、しっかりと抱きしめ合う2人はそのまま見つめ合い、指を絡めながら唇を重ね合わせた―――


―完―

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2014
08.17

「夕涼み」


8月の季節ものエジリディSS、仕上がりました☆先月とは違う涼しさをどうぞ♡(笑)








「夕涼み」




「はぁ~、蒸し暑いなぁ。」


8月の真夏日の昼下がり、先月から続く暑さに加え、台風の影響で天気が不安定になって大雨が降り続き、晴れてもその湿気で蒸し蒸しとするエブラーナ王国。近隣の木々からは蝉の鳴き声が聞こえてきて、今まさに夏真っ盛りなのだということを言い聞かされているようである。窓を開けた執務室でリディアは手に小さなタオルを持ち、時折それで汗を拭きながら事務仕事をしていた。


「はぁ~、蒸し暑いなぁ。」

エッジが執務室に戻って来た。ついさっき自分が口にした事と全く同じ事を夫が言うので、リディアは思わず吹き出してしまった。

「あ?何笑ってんだよ?」
「ふふふ…。」


不可解な表情をしながら椅子に座り、団扇をパタパタと扇ぎだすエッジ。まだリディアがクスクスと笑っているので、指で彼女のおでこをつつく。

「何だよ~、何がそんなにおかしいんだよ?」
「だって~、エッジが私と同じ事言うんだもん。」
「そうなのか?」
「うん。エッジがここに戻って来る少し前に、私も『はぁ~、蒸し暑いなぁ』って言ってたの。」


ふっと笑うエッジ。仲良しの夫婦は似てくると言うが、自分達もそうなのかと思うと口元が緩む。


「そりゃ俺達は夫婦なんだから、同じこと言うことだってあるだろーな。」


ベタ惚れの妻が自分と同じ言葉を口にしていたことを嬉しそうに頷くエッジと、それをニコニコしながら見つめるリディア。そんな2人の醸し出す雰囲気はほんわかと温かく、誰が見ても仲良し国王夫妻と呼ぶに相応しいものだった。


「そうだリディア、今夜は浴衣着て川辺に夕涼みに行かねぇか?こうも暑いとダレちまうからな~。」
「え、浴衣で?」


リディアはふと、就寝用の浴衣は持っているが外出用の浴衣は持っていないことに気付いた。結婚前にエブラーナには何度も来ていたから浴衣がどんなものかは知っていたが、王妃となってからは夏用のエブラーナ様式のドレスやローブの様な衣服を身に付けていたため、浴衣を着る機会がなかったのだ。

「エッジ…私浴衣持ってないんだけど、夕涼みって洋服じゃダメかしら?」


リディアの言葉を聞き、エッジは優しく微笑んだ。

「お前の浴衣用意してあるから、心配すんな。」
「!そうなの?」
「あぁ。…俺が選んだ、お前に似合いそうな浴衣があるんだ。」


夫の思いがけない一言にリディアは嬉しくて、胸の奥から温かい何かが湧き上がって来るような気がした。


「エッジ…本当に?」
「おぅ。後で見せてやるよ。」
「…ありがとう、エッジ。」


瞳を潤ませたリディアの小さな花のような唇が自分のために何から何までしてくれるエッジの頬にそっと触れると、彼の腕は細い背中をギュッと抱きしめ、蝉の鳴き声が聞こえてくる真夏の執務室で2人の体温が溶け合った―――








日没前。




「リディア、浴衣見せてやるから来いよ。」



エブラーナ城の一角にある部屋には、エッジがリディアのために用意した浴衣。

白地に青みがかった淡い桃色の撫子と、薄紫の桔梗の柄。薄紅色を足したような明るい紫の帯は光沢のある素材で作られたものだった。清らかな色使いと、エブラーナの夏の花をあしらった上品なデザインが、リディアの色白の肌と、ふわふわとした緑の髪の美しさを引き立たせそうである。

「わぁ、きれい!…エッジ、これを私に?」
「おぅ、お前に着て欲しいんだ。」


リディアがこの浴衣を着たら、それはそれは艶やかに違いない。彼女の浴衣姿を想像したエッジは、少し頬が紅潮していた。












(あぁ…リディアの浴衣姿…やべぇ、ゾクゾクしちまうぜ。)


一足先に浴衣に着替え終わったエッジは、リディアが着付けされている部屋の前でそわそわしながら待っていた。


(髪は結い上げるだろうから、後ろから見たら綺麗なうなじが…あぁ~!!)


エッジの脳内で妄想が暴走する。すると…


「!」
「あら、エッジ。お待たせ、着せてもらったわよ。どう?」


部屋のドアが開き、浴衣姿のリディアが出て来た。


「おぉ…。」


エッジは呟くように感嘆の声を出した。

色白の肌に映える撫子と桔梗の柄、緑の髪とよく合う紫の帯。浴衣を着たことで歩幅が小さくなり、控え目に見えるその動きは品に溢れている。長い髪はエッジの予想通り結い上げられ、そこには白い花を模った簪。



「エッジ…どう?似合うかな?」

初めて袖を通す浴衣の着心地に戸惑いながら、エッジの反応が気になるリディアは軽く首を傾げながら彼を見つめる。


「…綺麗だぜ。」
「本当?」
「あぁ。」
「ふふふ…ありがとう。エッジもその浴衣、かっこいいね。」
「当たり前だ!男前の俺様は何を着ても似合うんだぜ?」


愛らしい表情をするリディアにかっこいいと言われ、照れ隠しに必死なエッジ。彼が着ている浴衣は、リディアの爽やかかつ艶やかな装いとは対照的な、落ち着いた濃い藍色。王子時代と違い、大人の男性の雰囲気を漂わせるようになった今のエッジが着れば、渋さと貫禄が十分なほどに滲み出る。


(あぁリディア…すげぇ綺麗だ…。)



エッジがリディアの浴衣姿をまじまじと眺めていると、家老がそこにやって来た。


「おお!奥方様、この浴衣をお召しになられたのですか。」
「あら、じい。どう?似合ってるかしら?」
「もちろんでございますぞ!お館様は奥方様に最高級の浴衣をプレゼントしたいと、職人にこの浴衣を誂えるように依頼してらっしゃったのですからな。」
「え…?」
「…っ!じい、余計な事言うんじゃねぇ!!」


愛する妻にさりげなく上等の浴衣を贈るつもりだったエッジの計画は見事に崩れ去り、彼の顔は真っ赤である。


「エッジ…この浴衣、いくらしたの?」
「そんな野暮なことは聞かないの!」

腕を組んでリディアから視線を逸らすエッジ。リディアの着付けを担当した女官達が国王の王妃への惚れ込みっぷりにクスクスと笑っていて、エッジはますます決まりが悪くなる。


「ほっほっほ、これはこのじいの口が過ぎましたかな?ではお2人とも、夕涼みを楽しまれませ。」

笑顔でその場を去って行く家老と女官達。リディアは不安げな表情でエッジを見つめている。


「…何だよ?」
「バカ。」
「何がだよ?」
「…何で最高級の浴衣なんて用意したのよ?」
「いいじゃねぇか、お前に安物着せたくなかったんだよ…。」
「…もう、ほんっとにバカ。」


瞳を潤ませ、少し俯いたままエッジを罵倒するリディアの指は、彼の骨張った指にゆっくりと絡む。少しの沈黙の後、頬を赤らめたままのエッジが口を開く。


「リディア…行くか?」
「うん…。」


浴衣姿の2人は身を寄せ合い、城の出口へと歩いて行った。










「あ、涼しい…。」



日が沈み、夜の帳が下りた頃の外気は、真夏だというのにすっかり快適なものになっていた。


「だろ?城の中にいるよりも、夏の夜は外に出た方が涼しくていいんだぜ。んでもってこの涼しさを感じながら川辺で食うスイカが美味いんだ~。」


(ふふ…エッジ、楽しそう。)


四季がはっきりしているエブラーナならではの季節ごとの楽しみ方。それを嬉しそうに話す夫の表情はとても誇らしげ。リディアは頷きながら彼の手を握る自分のそれに、きゅっと力を込める。



「なぁ、リディア。」
「ん?」
「あの…お前浴衣着る時にさ…」
「?」
「し…下着脱いだよ…な?」
「…!!変態!!」


ニヤニヤしながら聞いてくるエッジに、リディアは顔を真っ赤にして怒った。

「お、てことは今は…」
「バカッ!!言わない!!」








*****







2人がカランコロンと下駄の音を鳴らせながらエブラーナ城近くを流れる小川に到着すると、そこには用意された松明の光の下できゃっきゃっと言いながら楽しそうに遊ぶ幼子や線香花火を楽しむ者達、自宅の畑で採れたスイカを川で冷やして振る舞う農家達がいた。

「あ、お館様とリディア様だー!」


遊んでいた子供達が2人のもとに駆け寄ってきた。

「お、皆元気だな~。父ちゃんと母ちゃんに浴衣着せてもらったのか?」
「うん!僕と弟は同じ柄の浴衣着てるんだよ!」
「私はお姉ちゃんと色違いなのよ。お姉ちゃんは赤で、私はピンク!」
「ふふふ、そうなのね。皆いい浴衣着せてもらえて良かったわね。」



視線の高さを合わせ、自分達の浴衣自慢を聞いてくれる国王夫妻に、子供達はご満悦の様子。そんな彼らの姿に、エッジもリディアも笑みを零さずにはいられなかった。

「リディア様の浴衣、すごくきれいだね!」
「ほんとだ!…お館様からもらったの?」

エッジのリディアに対する行動パターンは、幼い子供達にまで知れ渡っている事実。エッジが苦笑する横で、リディアはクスッと笑う。

「そうよ、エッジがくれたのよ。」
「やっぱりそうなんだ~!」
「お館様はリディア様のこと大好きだもんね!」

子供の容赦ない正直な発言に、耳まで赤くなるしかないエッジ。



「もう、エッジったら…こんな小さな子達にまでそんな事言われちゃって…。」


子供達の前だというのに、恥ずかしそうにそっぽを向くリディア。エッジはやや決まりが悪そうに頭を掻くが、空いた方の手はしっかりとリディアの肩を抱いている。

「悪りぃ、リディア…。」
「バカ。」

「ねぇリディア様、線香花火しようよ!」
「あ、そうね。確か線香花火ってお願い事できる花火よね?」
「そうだよ。一緒にお願い事しよう!」
「おいおい、俺も誘ってくれよ~。」


子供達がリディアの手を引くと、エッジも慌てて付いて行った。








「綺麗ね…。」

子供達と一緒に線香花火をするリディア。牡丹から松葉へと変わった線香花火の火を、彼女の翡翠色の瞳がうっとりと眺めていた。

「なぁ、何お願いするんだ?」
「んー、そうねぇ。どうしようかな。」

リディアの隣をしっかりと陣取ったエッジは、うっとりとした彼女の横顔を見つめながら、その美しいうなじをチラチラと見ていた。


(綺麗だな…。)




「…リディア、スイカ食えよ。」
「うん。」

エッジはもらったスイカを花火中のリディアの口元に持っていって食べさせた。

「ん~、甘いわね。」
「そりゃスイカはエブラーナが原産なんだからな、美味くて当然だ。」
「ふふ、そうね。喉渇いてたから丁度良かったわ。」

リディアが齧った後のスイカをエッジが食べ、そしてまたリディアにそれを食べさせる。

「あっ、火が消えそう!お願いごとしなきゃ。」


リディアは目を閉じ、暫しの間何か考えているような素振りを見せた。

(リディア…何お願いしたんだ?)


リディアが何をお願いしたかが気になって仕方ないエッジは、彼女をじっと見つめる。リディアの線香花火の玉が落ちずに消えると、子供達から歓声が上がる。

「わぁ!リディア様の線香花火、落ちずに消えたよ!」
「本当だ!きっと願い事叶うよ!僕の線香花火、落ちちゃった~。」
「リディア様、何をお願いしたのー?」

子供達に尋ねられ、にっこり笑うリディア。どんな願い事をしたのかと、エッジも興味津々で耳を傾けると…


「ふふふ…秘密よ。」
「えー、どうして?」
「教えてよ!」

好奇心いっぱいの子供達にせがまれるが、リディアは優しく微笑み返す。


「お願いごとはね、誰かに教えると叶わなくなるって言われてるのよ。だから秘密なの。」


初めて聞く内容に、子供達からは落胆の声が聞こえてきた。

「えー、そうなの?」
「教えちゃダメなんだ…。だから今まで叶わなかったのかなぁ。」

(何だよ…俺も知りてぇのによ。)

「うーん、そうだったのかもね。じゃあこれから線香花火にお願いごとする時は誰にも言っちゃダメよ?」
「はぁーい。」


自分の願い事を知りたがっている夫を尻目に、澄ました笑顔で子供達と会話するリディア。エッジが内心ガッカリしていると、ドーンという打ち上げ花火の音が響いてきた。


「あら、打ち上げ花火もあるのね。」
「わー、大っきい花火!」
「きれーい!」


ついさっきまで線香花火を楽しんでいた子供達は打ち上げ花火に釘付けである。


「リディア、こっち来い。」
「えっ?」


子供達の注意がリディアから逸れたのを見計らい、エッジが小声で話しかけると、リディアは不思議そうに振り向いた。立ち上がったエッジはリディアの手を引いて走り始めた。


「えっ、ちょっと…やだ、浴衣だし走れない…!」


そう言った直後、リディアの身体はエッジに横抱きされ、ふわりと宙に浮いていた。そのまま忍者としての脚力を活かして何処かへと走るエッジに、リディアは振り落とされないよう彼の肩にしがみついた。

「ど、どこに行くの…?」
「花火見るのにいい場所があんだよ。」


リディアにウィンクするエッジは満面の笑みで走り続けた。







「よし、ここだ。」

そこは清らかな水がさらさらと流れ、周りが森で覆われた川の上流。リディアを下ろしたエッジは下流の方向を向いた。

「ほら、こっから下流の方に向けば花火がよく見えるんだぜ。」
「わぁ、本当だ…!」


人混みから離れ、涼しげな水の音を聞きながら見る花火は今まで見たどの花火よりも美しく、リディアは心が洗われるようだった。

「綺麗ね…。」
「あぁ…。」


下流域よりもひんやりと心地良い空気に包まれ、何と無く温もりが欲しくなったリディアがエッジに身を寄せると、大きな温かい手が彼女の肩を包み込む。

「リディア。」
「ん?」

「さっき…線香花火に何をお願いしたんだ?」


打ち上げ花火を見上げたまま問いかける夫の横顔を見ながら、リディアは密かに頬を赤らめた。

「…秘密。」
「何だよ、教えろよ。…俺に言えねぇようなお願いなのか?」
「そういうわけじゃないけど…。」


何をお願いしたのかなかなか言おうとしない妻をぎゅっと抱き寄せ、色白で滑らかな肌を湛えるおでこや頬にキスを降らせる。




「俺はお前の事、全部知りたいんだよ。」

「…バカ。」




次々と打ちあがる花火。リディアの身体を抱き寄せるエッジの力はどんどん強くなり、さっきよりも顔と顔の距離がうんと縮まった。


「なぁ、リディア…教えろよ。」

「…恥ずかしいからやだ。」
「恥ずかしいって何だよ。…俺ともっと激しいエッチがしたいとか?」
「っ!!違うもん!エッジ、本当にバカ!!」




顔を真っ赤にして怒るリディアだが、エッジはゲラゲラ笑っている。いつも自分の一枚上手を行く夫には敵わないと思っていると、エッジの手がリディアの結い上げられた髪を乱さないように優しく撫で始めた。



「ははは、悪りぃ。…言いたくないんなら言わなくていいって。」

(あ…。)




打ち上げ花火に照らされるエッジの優しい表情。怒って強張った身体の力が抜けていくのを感じ、リディアは再びエッジに身を寄せた。

(お…?)




「…さっきお願いしたのはね」

「うん?」



間を空けて、ゆっくりとリディアが話し出す。





「エッジと…ずっとずっと仲良く暮らせますようにって…。」




花火の打ち上げ音が響く中、ぼそぼそとした声で発されたリディアの願い事は、聴覚の発達した忍者であるエッジの耳に届かないはずがなかった。





何も言わずに、リディアを抱きしめる逞しい腕。その中で必死にエッジにしがみつく、色白の細い腕。






「…ありがとな、リディア。」



愛する女性に、望んでもらえる幸せ。




爽やかな水音が響く川の上流で、クライマックスを迎える打ち上げ花火に照らされながら見つめ合う2人。エッジもリディアも、もうそのまま唇を重ねることしか考えられなかった―――







―完―

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2014
07.27

「きもだめし」

今月の季節ものエジリディSS、出来上がりました~♪暑い夏が少しでも涼しくなりますように( ̄▽ ̄)








「きもだめし」






7月になり、エブラーナでは梅雨明け宣言がなされ、晴天に恵まれる日が一気に増えた。いよいよ夏本番といった気候になり、昼間は痛いぐらいの強い日差しが降り注ぐようになった。夜は暑さが幾分和らぐものの、決して快適とは言えない環境の中で就寝しなければならない季節。そんな中でも、エブラーナ国王エッジは日々執政に精を出していた。


「あー、あちぃなぁ…。」


執務室で団扇をパタパタと扇ぎながら仕事をするエッジの口から出てくるのは、先程から同じ言葉ばかり。今夜はエブラーナ城近くの神社で毎年恒例の夏祭りがあり、午後からはエッジも準備に参加するため、何とか昼までに事務仕事を一段落させたいのだ。


エッジの装いは袖なしの胸元が空いた前合わせの上衣に、膝丈の下衣を組み合わせた簡易忍服という、すっかり夏らしいものだった。まだ午前中だというのに蒸し返すような暑さの中、首にタオルを巻き、拭いては出てくる汗を拭いながら執政の書類と向き合っていると…



「エッジ、冷たい飲み物用意できたから、少し休憩してよ。」

妻リディアが、氷の入った大きめのグラスに注がれた麦茶をお盆に乗せて、暑い中仕事に励む夫のために執務室にやって来た。長い髪を緩く耳の辺りでひとつにまとめ、麻素材の涼しげなグリーンの半袖の夏用のエブラーナ様式のドレスを見にまとった彼女はとても上品で、エッジはたちまち笑顔になる。


「おぅ、ありがとなリディア。喉渇いてたんだ~。」
「ふふふ。はい、どうぞ。」

エッジは自分の前に置かれたグラスを手に取り、ごくごくと喉を鳴らせて麦茶を飲んでゆく。夫のその豪快な飲みっぷりを、リディアは自分の椅子に座り、一緒に用意した自分の麦茶を口に含みながらニコニコと眺めていた。

「あー、美味い!夏は冷えた麦茶だな~。」
「そうね、美味しいわね。」

リディアが用意してくれた麦茶なのだから、エッジにとってその味は格別。彼が飲み干した後のグラスの中では、机の上に置かれた振動で氷が動いてカラン、と涼しげな音を立てた。


「麦茶ってくせがないから飲みやすいわよね。お肌にいい成分が入ってるって聞いたわ。」
「そうだぞ?肌にもいいし、身体にもいいもんがたくさん入ってるんだ。うちの国が他の国と比べて平均寿命が長いのは、麦茶飲んでるからだっていう奴もいるぐらいなんだからな。」


自国文化を自慢げに語るエッジ。昔は彼がエブラーナ文化を熱く語り出すとうっとうしく感じ、適当に聞き流していたリディアだったが、深い仲になっていくにつれ、そんな彼の姿を愛おしいと感じるようになった。



「ねぇエッジ、今夜の夏祭り楽しみね。今までタイミング合わなくて7月のお祭りの日に来れなかったからなぁ…。」
「そうだったなぁ。年によっては雨のせいで中止になったりしてたしな。」
「うん。…色々お店回って、一緒に美味しいもの食べようね?」

「…おぅ。」

2人で寄り添いながら屋台を巡る様子を想像しただけで鼻の下が伸び、口元がみるみる緩むエッジ。


「またそんな顔して…。楽しみね、うふふ…。」


リディアに手をそっと握られ、耳元でそう囁かれたエッジは耳まで真っ赤になった。


「ぶふふふふ、楽しみだな~。あぁ…ところでよ、リディア。」
「ん、何?」
「7月の夏祭りに来たことねぇんなら、きもだめしも知らねぇよな?」
「え、きもだめし…?」

初めて聞く言葉にリディアが不思議そうな顔をしていると、何やらエッジはニヤリと笑っている。

「ん…知らないわ。それって食べ物か何か?」
「お、知らねぇか。なら今夜のお楽しみだな。」
「???え、何?」
「まぁまぁ楽しみにしておけって!」

首を傾げるリディアを前に、エッジは白い歯を見せてニヤニヤとするばかりだった。









そして夕刻。





「おーいリディア、そろそろ行くぞー。」


夏祭り会場での準備作業を終えて城に戻ってきたエッジが妻を呼ぶと…


「はーい。」
「…!リディア、お前…。」
「うふふ、暑いから着替えちゃった。」

エッジの前に現れた笑顔のリディアはすっかりお召し替えしていた。


鎖骨が少し見えるぐらいに首回りの空いた、ひざ下丈の水色のノースリーブワンピース。アップにした緑の長い髪にはエッジにプレゼントされた向日葵モチーフの髪留め、足元は歩きやすいヒールの低いサンダルと、爽やかな夏らしい装いであるのだが、エッジは眉を顰める。

「…エッジ、この服気に入らない?」


夫の表情を見て不安げに尋ねるリディア。エッジはふーと息をつきながら頭を掻く。


「そんな露出の多い服着るんじゃねーよ。あんまり肌見せるなっていつも言ってるだろーが。これから城の外に出るんだぞ?」
「え~?これはそんなに露出多くないじゃない。暑いのに長袖なんて着てられないわよ。」

「いや、長袖着ろとは言わねーけど、せめて袖のあるもん着るか、肩掛け使ってくれよ。そんな綺麗なうなじや二の腕丸出しにしてたら男が寄って来るじゃねーか。」


しかめっ面で妻を説教するエッジ。夏は人々の心が開放的になって犯罪が増えやすいため、愛する妻に肌を晒して欲しくないのだ。


エッジとのお祭りデートのために、せっかくおめかししたのに。エッジはしょぼんとする妻を優しく抱きしめる。

「っとにしょうがねぇ奴だな~。ほら、機嫌治せよ。」
「何よぉ、エッジが文句ばっかり言うからじゃない。」

顔を背けて不機嫌そうな口調だが、それはエッジが大好きなリディアの仕草のひとつ。エッジが背中や肩を優しく撫でながら、頬にちゅっとキスをすると、リディアは顔を上げ、上気した頬をエッジに見せた。


「…そんな可愛い顔すんなって。」
「バカ。」

抱きしめられたままのリディアがエッジの胸に顔を埋めると、彼の優しく、いつもより低目の声が耳に入ってきた。

「…その可愛い格好、今日は許してやるから、俺のそばから離れるなよ?」



夫の言葉に込められた自分への想いに、リディアの頬は赤らむばかり。

「…うん。」
「よし、じゃあ行くか。」







*****






エブラーナ城から少し離れた神社に行くと、境内に続く歩道には紅白の提灯に照らされた屋台がずらりと並び、食欲をそそる香りが早速2人の鼻を擽る。すでに多くの国民や城の使用人、兵士たちが夏祭りを楽しもうとやって来ていて、リディアは夏祭りの風景に目を輝かせた。


「わぁ、いっぱい屋台があるわね!何から食べようかな~。」
「お前食いしん坊だな~。食うことばっか考えてんだろ?」
「いいじゃない、お腹空いてるんだもん!」
「はいはい、じゃ何か食うか。」


エッジがリディアの肩を抱いて向かったのは焼きとうもろこしの店。国王夫妻の姿を見た屋台の主人が気さくに声をかけてくる。


「おっ、これはお館様に奥方様!いらっしゃい!」
「よう、ご苦労さん。リディア、こいつの畑で獲れたとうもろこし美味いんだぜ。」
「奥方様、今年も甘くて美味しいとうもろこしが獲れましたよ!お一ついかがですか?」
「本当?じゃあ一つもらおうかな。」


焼きとうもろこしをぱくっと口にしたリディアは、その香ばしさと甘味にたちまち笑顔になった。

「美味しい~!ほら、エッジも食べてよ。」
「おぅ、ありがとな。…んー、美味い!」

寄り添いながら1本の焼きとうもろこしを交互にもぐもぐと美味しそうに食べていく2人。その姿を見ていた屋台の主人は微笑まずにはいられなかった。


「ははは、お2人は本当に仲良しですねぇ。」


そう言われてはっとお互いを見つめ合う2人の頬は少し赤らんでいた。どう返せばいいのか分からず、エッジもリディアも黙ってしまう。

「さぁ、もう1本どうぞ!半分ずつじゃ足りんでしょうに。」
「お、おぅ!ありがとな。ほれ、これ2本分の代金だ。」


2人は境内の方向に向かってゆっくりと歩き出した。


「…リディア、食うか?」
「うん…。」

恥ずかしいような気まずいような雰囲気の中、自然と人目を避けるように歩道の脇へと足が進む2人。エッジに差し出されたとうもろこしを、口を小刻みに動かしてもぐもぐと食べるリディア。その姿は小動物のようで、エッジは思わず吹き出してしまった。


「何笑ってるのよぉ。」
「いや…お前リスみたいな食い方するなぁと思って。」

優しい笑顔でそう言われ、リディアは視線をそらして恥ずかしさを紛らわそうとした。

「こっち向けよ。」
「…やだぁ。」
「こっち向かねぇと、とうもろこし全部食っちまうぞ?」


リディアがゆっくりと視線を合わせると、またもエッジが吹き出した。

「お前とうもろこしに釣られてこっち見ただろ?やっぱりリスみてぇだな~。」
「バ、バカッ!」

からかわれて悔しい気持ちを込めた華奢な拳がポカッとエッジの肩を叩く。

「そんな怒るなよ~。ほんっと可愛いなぁ。」
「…!もう…。」

何をやっても満面の笑みで可愛いと言われてはこれ以上怒れないリディア。頬を赤らめて少し俯いていると、エッジの指がリディアの口元にそっと触れた。

「!」
「ほら、とうもろこしのカスが口のとこに付いてるぜ。」
「ん…どこ?」
「取ってやるからじっとしてろって。」

リディアの口元に付いていたとうもろこしの欠片をぱくりと食べるエッジ。リディアは唇に残る夫の指の乾いた感触の余韻を感じ、思わず唇に手をやった。彼の面倒見の良さに、リディアの胸はドキドキしている。


「ありがと…エッジ。」
「お前はいくつになっても手のかかる奴だな~、俺がいねぇと何にもできねぇのか?」
「…うん。」

(お…?)


てっきりリディアは不機嫌になって反発してくると思っていたエッジは不思議そうな表情になった。

(随分しおらしいじゃねぇか…。)


よく見るとリディアはうっとりとした表情でエッジを見つめている。常に自分のことを気にかけてくれるこの彼の愛情に、何度励まされ救われたことか。

「私…エッジがいないとダメなのかも…。」

ぽそりとそう呟き、身を竦めてエッジの胸に顔を埋めるリディア。愛おしい以外の何でもない妻の行動に、エッジの身体は興奮に支配されていく。

「リディア…。」

愛しの妻の名を呼ぶと、彼女はエッジの胸に身を委ねたまますっと上目遣いでこちらを見つめてきた。暑さも相まって、興奮のあまりエッジは鼻血が出そうになり、思わず鼻を手で覆う。

「エッジ、どうしたの?」
「いや…何でもねぇ。」

冷静沈着でなければならない忍びの長として、何事もないかのように振る舞うエッジ。べた惚れの妻だからこそ、カッコ悪い姿は見せたくない男としてのプライド。そっとリディアの肩を抱き、その翡翠色の瞳をじっと見つめていると、2人の唇は自然に重なった。


「うふふ…エッジったら。」
「何だよ、お前がキスしたそうにしてたからしてやったんだぞ?」

しばしの口づけの後、2人は笑い合い、何となく照れ臭くて会話が途切れた。



「あぁリディア…焼きそば食うか?腹減ってんだろ?」
「うん!私も焼きそば食べたいと思ってたの。ほら、そこの屋台で売ってるのおいしそう。」
「よし、じゃ買いに行くか。」


2人で食べるからと大盛りにしてもらった1人前の焼きそばを堪能するエッジとリディアの前に、数人の私服姿の若手の兵士達が何やら話しているのが目に入った。


「おいキース、今夜のきもだめしジェシカを誘うんだよな?」
「おう!今までデートしてきて手応えあったし、今日こそは俺と付き合ってくれって言うぞ!」
「頑張れよ!できるだけジェシカを驚かせてお前から離れられないようにしてやるから、絶対うまくいくって!」
「ホントか?ありがとな。」


彼らの話を聞いていたリディアは何だかよく分からないといった表情。一方エッジはニヤニヤしながらキースに話しかける。

「キース、頑張れよ。いい報告待ってるぜ!」
「お、お館様!は、はい!」
「お前らもしっかり協力してやれよ?」
「えぇ!お館様は奥方様ときもだめしに参加されるのですよね?」
「あぁ。今までは裏方やってたけど、今年はこいつと楽しませてもらうぜ。」

きもだめしが何なのか知らないリディアは首を傾げるような反応である。

「ねぇ、きもだめしって何なの?」

王妃の質問に、キース達はちらりとエッジの方を見た。

「お前ら、説明してやってくれ。」

「はっ。きもだめしはこの夏祭りで毎年恒例のイベントでして、男女2名がペアになり、明かりのない墓場や林の中に入って道なりに進んで出口を目指すものでございます。ただし特定の場所に用意された札を取って出口に向かわなければなければならないのです。暗い中で男女が2人きりになって行動しますから、それがきっかけで毎年きもだめしの後にはカップルが誕生するんですよ!」

「へぇ、そうなんだぁ。ミストやバロンでもお祭りはあったけど、そんなイベントはなかったわ。」

初めて聞くエブラーナ伝統行事にリディアは興味津々である。

「リディア、きもだめし参加するよな?」
「んー、何か怖そうね…。真っ暗な墓場や林の中を通るんでしょ?」
「大丈夫だって!俺が一緒なんだからよ!」

しっかりと肩を抱く、エッジの大きな手。いつも安心感を与えてくれるその温もりが、リディアの恐怖心を和らげる。

「ん…エッジが一緒なら、大丈夫よね。」

寄り添ってくるリディアに、エッジは部下達の前だというのに口元がみるみる緩んでいく。

「リディア…俺から離れるんじゃねぇぞ?」
「うん!」

熱々の国王夫妻を見守る若手達の視界に、数人の若い女性達の姿が入った。

「!おいキース!」
「あぁ!」

仲間に促され、意中の女性を見つけたキースは素早く彼女に駆け寄る。どうやら自分ときもだめしに参加しようと誘っているようである。

「ねぇエッジ、あの子がジェシカ?」
「あぁ。はは、キースの奴必死じゃねぇか。」
「ふふふ、上手くいくといいわね。」
「そうだな。さて、俺達は先に境内に行くか。そこでじいと若い奴らがきもだめしを取り仕切ってるからよ。」









境内に行くと、そこには家老と数人の若手兵士達がすでにきもだめし参加希望者や国民達に取り囲まれていた。

「お、今年も大人気だな。…俺ずっと裏方やってたからよ、お前と参加できるの、すげぇ楽しみだな。」

いつになく小声で話す夫の表情からは、何やら照れ臭さのようなものが見てとれる。

「そうだったの?…今まで他の女の人、誘ったりしなかったの?」

エッジが自分一筋であることを分かっていながらも、確かめたくなってしまうのが女の性。

「…お前と出会ってからは、他の女なんて興味なかったっつーの。」

リディアの肩を抱くエッジの手に、力がこもる。それを感じたリディアがふっと笑うのを聞いたエッジは、恥ずかしそうにリディアを見た。

「んだよ、野暮なこと言わせんじゃねぇよ。」
「うふふ、ごめんね。…でも、嬉しいな。」


10数年という長い間、自分だけを愛してくれたエッジ。恥ずかしそうに頬をほんのり赤らめる彼の体温を感じながら、リディアは全身が幸せな気持ちで満たされていくのを感じた。


「さあさあ皆の者、今年もきもだめしが始まるぞい!」

掛け声とともに家老の手を叩く音が響き、エッジとリディアははっと我に返る。

「これからいくつか参加上の注意点を説明するゆえ、参加する者達はわしの近くに寄るのじゃ!」

若いカップルを中心に、多くの男女が家老の周りに集まってきた。エッジとリディアはその後ろから耳を傾ける。

「まず1つ目。今年の場所はこの境内の裏じゃ。毎年の事じゃが、暗がりで足元が見えにくいので、怪我には十分気を付けるように。2つ目は、必ず途中にある札を持ち帰ってくるように。札がなければ景品はもらえぬから、怖くても勇気を出して札が置いてある場所を探し当てるのじゃぞ。そして最後に…」

参加者がふむふむと頷いていると…



「…怖気づいたなら、今の内に参加を取りやめることじゃな…ほっほっほ。」

家老の軽いジョークに、笑いが起こる。すると数人の子供たちが家老のそばに駆け寄ってくる。

「ねぇ家老さん、今年も怖いお話聞かせてくれるの?」
「私も聞きたい!」
「おぉもちろんじゃ。ではきもだめしの前に一つ聞かせてやろうかの。」

大人達も毎年恒例の怪談を聞こうと、家老に注目した。咳払いをした家老は少し間を取り、話し始める。

「昔々、エブラーナ大陸ではジェラルダイン家とバークレイ家がそれぞれの領地を治めておった。両家ともに、このエブラーナで皆が平和に仲良く暮らせるように毎日会議を開いて知恵を出し合い、人々の暮らしをより豊かなものにしようと努めておった…」

家老の話に、幼い子供も聞き入っている。

「しかしある日、会議で意見が分かれ、それが原因で間もなく戦争が起こってしもうた。戦争で両家とも多くの怪我人や死人を出し、もうこんなことはやめようとジェラルダイン家は言ったのじゃが、バークレイ家は譲らず、攻撃を続けた…。」


戦、怪我人、死人。月の大戦でルビカンテに城を焼かれた過去が思い起こされ、大人たちは神妙な顔つきになる。

「もうどうしようもないと考えたジェラルダイン家は、一気にバークレイ家の領地へと攻め入り、彼らを捕らえ、2度と争いを起こさせないようにと、当主、その正室や側室、子供全てを公開処刑で打ち首にし、バークレイ家を断絶させた。」
「…!」

戦に敗れし者は根絶やしにされる。命を大事にせよと唱える現国王エッジの治世ではもうあり得ないエブラーナの昔の習慣に、リディアは身震いした。

「その後は争いのない平和な日々が訪れたのじゃが、病気でも何でもなかった元気な者が次々急死する事件が相次ぎ、人々の間では奇妙な噂が立つようになったのじゃ。それは……『公開処刑が行われた場所に現われる火の玉に触れると、呪われて1週間以内に死んでしまう』と…。」


リディアは背筋がゾクリとし、思わずエッジを見つめるが、彼は余裕のある笑顔だった。

「遺族の証言から、亡くなった者達は死ぬ1週間程前に公開処刑がなされた場所を通っており、また死んだ者に同行していた者は確かに火の玉を見たと証言しておったためじゃ。人々はバークレイ家の怨念がジェラルダイン家への復讐を果たそうと、火の玉となってこの世を彷徨っているのだと考えるようになった。そして人々は供養をし、咒を唱えたりして亡きバークレイ家の魂を成仏させようとしたが、その後も元気だった者が急死する事件はなくならなかったという。そしてその公開処刑が行われた場所というのが…」


「これから皆の者がきもだめしを行う、この境内の裏だと言われておる…。」

家老の怪談を聞いていた者達からはどよめきが起こった。

「やだぁ…怖い。」
「お、なんだよビビってんのか?」

身体を縮こませてしがみついてくるリディアが可愛くて、エッジはニヤニヤしながら彼女の肩を抱いてやった。

「ほっほっほ、これできもだめしの準備が整ったようじゃな。さぁて、誰から行くのかの?」


参加しようと集まった者達はすっかり足が竦み、なかなか手を上げようとしない。すると…


「はい!私共が参ります!」

先程必死に意中の女性を誘っていたキースが手を上げた。

「おぉ、そなたらが行くのか。気を付けてな。」
「はい!さぁジェシカ、行こう!」
「えぇ~、やだ怖い…。」
「大丈夫だよ!俺がついてるじゃないか。」

せっかくのチャンスを逃すまいとキースは必死である。ジェシカはしぶしぶ彼の腕にしがみつき、2人は境内の裏へと消えていった。


「あの2人上手くいくかな?キースの奴、ずっとジェシカの事が好きだったらしいからな~。」
「ジェシカも満更じゃなさそうだよなぁ。これは戻ってきたら冷やかし決定だな!」

きもだめし会場担当の若手の兵士達はクスクスと笑いながら仲間の恋愛成就を祈る。

「はっはっは、若い者は楽しみがあっていいもんじゃな。さて、そろそろ次の組の番じゃが、誰が行くかの?」

「では次は僕達が!ほらイリーナ、行くぞ。」
「う、うん…。」

別のカップルが境内の裏へと進んでゆき、その後も時間差で次々とカップルが暗闇の中へと消えていった。

「よしリディア、俺達もそろそろ行くか!」
「…。」
「リディア、どうした?」
「やだ…怖いよ。火の玉が出たらどうするのよぉ…。」

怪談を聞いてすっかり怯えてしまったようである。今にも泣き出しそうなその姿が初々しくてたまらなく可愛らしい。

「ははは、あんなのじいの作り話だって。まさか信じてるのかよ?」
「そ、そんなの分かってるわよ!けど…。」
「大丈夫だって。…怖かったら俺にしっかりくっついてたらいいんだぜ?」


このままきもだめしに臨めば、間違いなくリディアは自分に縋り付いてくるに違いないと確信したエッジは満面の笑み。身を竦めるリディアを優しく抱き寄せる。

「お前そんな怖がりだったのかよ?今までこういう暗いとこ、何度も一緒に通ったじゃねぇか。」

それはそうなのだが、リディアにとっては同じ暗闇の中とは言え、実体のあるモンスターと戦うのとは違う。暗闇に加え、家老の怪談がリディアの恐怖心を煽るが、エッジが一緒ならと腹を決めるリディア。

「うん…じゃあ行く。」
「よし!…じい、次は俺達が行くぜ。」
「それはそれは。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」


笑顔の家老に見送られ、エッジとリディアは境内の裏へと進んでいった。






「うわぁ、真っ暗ね…。足元、気を付けなきゃね。」
「んー、昼間に石ころとか躓きやすいもんは全部よけてあるから大丈夫だぜ。」
「そうなの?」
「おう。こんなのゲームみたいだけどよ、主催するからには皆の安全保障しなきゃなんねーからな。」

エッジの話を聞いてほっとするリディア。しかし…


「きゃあああああっ!」
「おぉう、何だよ?」
「な、何か今気持ち悪いものが顔に飛んできたの…!」

得体の知れないものにすっかり怯え、夫の腕にしがみ付くリディアだが、エッジは笑いが止まらない。

「ははははは、今のは蒟蒻だって。」
「こ、蒟蒻…?」
「きもだめしの定番だぜ。あのぼよぼよした感触が気持ち悪いからな~。」

結婚するまで毎年きもだめし会場の裏方をやっていたエッジは参加者を驚かす小道具を知り尽くしているため、余裕の表情。だがリディアは早くも泣き出しそうである。

「んもう…。エッジ、私のこと置いていかないでよ…?」

暗闇の中で胸元にしがみついてくる妻。背中をさすってやると、しがみつく手にギュッと力が入ってくるのが分かる。

「大丈夫だって。ほら、俺にしっかりくっついてな。」
「う、うん…。」

妻が怯えているのをいいことに、身体を密着させ、肩をしっかりと抱いてやるエッジの手。そしてそこから奥に進んでいくと…


「ひっ!」
「ん?」
「エッジ…今向こうの茂みがガサガサ言ってた…。」

風で茂みが揺れただけでも敏感に感じ取っているリディア。完全に怯えている様子がエッジには可愛くてしょうがない。

「風で揺れただけだって。怖がりだな~。」
「ほ、ほんとに…?」
「本当だって。ほら誰もいねぇじゃねぇか。」

エッジにそう言われて納得したものの、華奢な身体の震えが止まらない。するとリディアは自分の肩を叩かれているのを感じ、エッジがそうしているのかと思いふと肩の方に目をやると…


「いやあぁぁぁぁぁっ!」
「あ?どうした?」

リディアの目の前には、白い着物を纏い、片目がつぶれている長い髪の女性。もちろんきもだめし会場担当の若手兵士が化けているのだが、見たことのない異国のお化けはリディアにとって恐怖以外の何でもない。


「いやああぁ…エッジぃ…。」


夫の胸に力いっぱいしがみ付くリディア。エッジは大好きな妻に抱き付かれてニヤニヤするばかり。

「よしよしリディア、俺がついてるから大丈夫だぞ?しっかりくっついてろよ?」

妻をギュッと抱きしめ、背中を撫で、頬やおでこにちゅ、ちゅとキスをしながらこの上なく優越感に浸るエッジ。愛する女性を守っているのだというプライドが湧いてくる。


抱きしめられ、落ち着きを取り戻してきたリディアはエッジの顔を見上げた。

「ほらリディア、もうさっきのお化けはどっか行ったぞ。」
「…。」
「先に進むか?」

無言で頷くリディア。エッジは彼女の歩調に合わせ、肩や背中をさすりながら進んでいった。


その後、ろくろ首や一つ目小僧、一反木綿やぬらりひょんが現れ、そのたびに王妃の悲鳴が境内の裏で響き渡った…。







「はぁ…もうやだぁ。」

何度も悲鳴をあげたリディアは疲れ切り、その歩き方は何とも弱々しいものだった。

「もう少しで出口だって。ちゃんと札も取ったしよ、最後まで頑張ろうぜ。」

夫に励まされ、何とか歩き続けるリディア。すると…

「!あれは…。」

青白い光が前方にふよふよと浮かんでいる。だんだんこちらへと近づいてきたのでリディアはエッジにしがみ付く。

「お?これ火の玉じゃねーか。」
「火の玉…!エッジ、逃げなきゃ!触ったら呪われて死んじゃうわよ!」

家老の怪談を思い出したリディアはエッジの手を引こうとする。

「何だよ、じいの作り話信じてんのかよ?へ~、本物みてぇじゃねぇか。今年は随分本格的だな。」

自分の目の前に飛んできた火の玉をまじまじと眺めるエッジだが、呪われるという恐怖に駆られたリディアは必死に彼の腕を引っ張り、その場から離れようとする。

「すげぇ、どうやって作ったんだ?」

火の玉を指でツンツンとつつくエッジ。

「エッジ、触っちゃダメっ!!」

泣き叫びながら夫を必死に出口へと引っ張ろうとするリディアだが、彼は面白がって火の玉を触り続けた。すると火の玉はエッジの周りをグルグルと飛び回り、上空へと消えていった。


「そんなに泣くことねぇじゃねぇか~。あれは作りもんだって。」


火の玉に触れたことを何とも思っていないエッジだが、リディアは震えながらその翡翠色の瞳から涙を溢れさせた。

「だって…エッジが…死んじゃったら…うっ…う…。」
「お、おいリディア…。」



肩を震わせて泣きじゃくるリディアをそっと抱きしめ、背中を優しくポンポンと叩く。

「…俺が死んだら嫌か?」
「嫌っ…。」



きもだめしのせいで普段と異なる心理状態とは言え、自分を心配してくれるとは何と愛おしいことか。片想い歴の長かったエッジにしたら、今のこの状況は天にも昇る心地だった。



「ん…そうか。ごめんな、泣かせちまって。ほら、もう出口が見えてっから行こうぜ。」

エッジは親指の腹で、白磁のように滑らかな頬を伝う涙を拭ってやり、そこにそっとキスをした。












「これはお館様と奥方様、お帰りなさいませ!」


出口に着くと、きもだめし会場担当の兵士、そしてエッジ達よりも先に行ったカップル達が談笑していた。

「いや~、楽しかったぜ。裏方で皆をびびらすのもいいけどよ、やっぱりこいつと参加するのが1番だな。」
「それはそれは!…奥方様の悲鳴がこちらまで聞こえてましたから、皆で大丈夫なのかと言っていたんですよ。」


笑いながら話す兵士を前に、そんなに大きな声を出していたのかと、恥ずかしそうに縮こまるリディア。

「だってあんなの初めてだったんだもん…。見たことないお化けばっかりだし。」
「ははは、そうでしょうねぇ。けどそこまで怖がってもらえたのなら私共もやったかいがありましたよ。」



2人が兵士と話していると最後のカップルが出口へと辿り着き、入口からこちらへやって来た家老が全員の無事を確認した。


「うむ、全員無事に帰ってこれたようじゃの。さて、もういい時間じゃ。皆の者、城へ帰るぞ!」









「はぁ…疲れちゃった。」


帰り道、泣いたせいですっかり疲れてしまったリディアを見たエッジはくっと笑う。

「ははは、お前意外と怖がりなんだな~。あーいうの平気だと思ってたけど。」
「だって武器も何も持ってないし、ああやって急に出て来られたらびっくりするじゃない…。」

終始夫に縋り付いていたリディアは不機嫌そうな口調だった。

「そんな怒るなって。俺がいたから大丈夫だっただろ?」
「…知らない。」
「何だよ~、拗ねやがって。」


エッジとリディアは喧嘩しているように見えるが、周りを歩く家老や兵士達はそれを微笑ましそうに眺めている。


「お館様、奥方様。お2人が仲睦まじくて、じいは嬉しゅうございますぞ。」


満面の笑みの家老に、2人は思わず顔を見合わせた。さっきまでご機嫌斜めだったリディアだが、エッジの顔を見つめている内にその表情は柔らかみを増していった。


「リディア…。」
「ん?」
「来年も…夏祭り一緒に行こうな?」
「…うん。」

リディアの指にエッジの骨太の指が優しく絡み合ってきて、思わずキュッとその手を握ると、彼もギュッとリディアの華奢な手を握ってきた。


「エッジ、来年は火の玉触っちゃダメよ?」
「ははは、そうだな。」


唇を少し尖らせ、不満げな表情でこちらを見つめるリディア。少しばかりふざけ過ぎたかと内心反省するエッジはふと、あの火の玉のリアルさを思い出した。


「そういやあの火の玉、どうやって作ったんだ?すげぇ上手くできてたじゃねぇか。」

エッジの問いに、家老や兵士達が何やら不思議そうな表情である。


「はて…?そなたら、そのような物を作っておったのか?」
「いえ…企画書には火の玉の項目はなかったと思いますが…。」

「へ…?」


その場にいた全員の背筋に、何やら寒気のようなものが這い回った。


「…誰か、秘密で火の玉を作っておったのかの…?」


家老の質問に、きもだめし担当の兵士達全員が一斉に首を横に振った。


「お、お館様…火の玉を見たのですか?」
「おぅ…出口の近くで見たぞ。なぁ、リディア?」
「うん…。」

顔色の悪い国王夫妻を前に、全員が顔を見合わせた。


「あぁ…しかし火の玉を見ただけならば問題ございませんでしょうに!呪われるのはそれに触れた者だけですから…。」


慌てて家老がフォローするが、エッジにとっては耳が痛い一言。頭を掻く彼の額からは汗が流れ出す。


「いや、それが…」
「も、もしやお館様…触ったのでございますか!?」
「…おぅ。」


全員が静まり返り、兵士達はどうフォローすべきなのか必死に考えを巡らせるが、言葉が出てこない。


「け、けどよ…あの怖い話って完全に架空の話だろ?毎年じいがきもだめしを盛り上げるために作ってんだしよ。」

「…いつもはそうなのですが、今年はさすがに話のタネに困りまして…昔の資料を元に作ったのです…。」


家老の言葉に、その場にいた全員の顔が青ざめた。

「お、おい…マジかよ…。」
「エッジ…やだぁ…。」





エッジのきもだめしは、ここからが本番である…。

―完―

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2014
06.26

「Hydrangeas at Dusk」

最近ちょっとバタバタとしていたんですが、何とか出来上がりました!!今月の季節ものエジリディです♡



「Hydrangeas at Dusk」





6月のエブラーナは梅雨入りし、雨の降る日が続いていた。雨のおかげで先月までの暑さは和らいでいるものの、この島国ならではの雨季という自然現象の中、エブラーナ城外に出て気分転換もあまりすることができず、リディアは執務室の窓から外を眺めては小さくため息をついていた。

(エッジ…きっとびしょ濡れで帰って来るだろうな。)

夫は今朝からこの国の食生活を支える米農家達の元を訪れている。以前梅雨にあまり雨が降らなかったがために米が育たず、食生活にも税収にも多大な影響が出て王族も国民も皆苦しい生活を強いられたことがあり、それ以来エッジはこの時期になると彼らの元を訪ねて生育状況を確認したり、労いの言葉をかけに行くのが習慣となっていた。

国王でありながらそのフットワークの軽さで一般国民との関わりを大事にするエッジ。エブラーナがどんなに栄えようともその伝統は失いたくない、いつだったか夫がそう言っていたことを思い出す。リディアはエッジのそんな情に厚いところが大好きだった。




数時間後…




夕方近くになり、雨は上がっていた。雨に濡れて帰ってくるであろう夫のために寝室で着替えとタオルを用意していると、ドアが開く音がした。


「ふ~、何で城近くまで帰ってきた時に雨が上がるんだか。」
「エッジ!お帰りなさい。」

用意していたタオルをびしょ濡れの夫に渡すリディア。

「おぅ、ただいま。ありがとな。」

渡されたタオルでゴシゴシと頭を拭いていると、リディアが着替えを差し出してきた。

「はい、着替え用意しておいたわよ。」
「そうか…ありがとな。気の利く嫁さんをもつと幸せだな~。」

エッジは着ていたびしょ濡れの服をあっという間に脱ぎ、下着姿になったため、リディアは思わず目を逸らす。

「ちょっ…何で一気に脱ぐのよっ!」
「あ?お前が着替え渡したからじゃねぇか。」

リディアが恥ずかしそうにする姿が可愛くて、エッジの中に悪戯心が湧いてくる。

「ほらほら、パンツ一丁マンがやって来たぞ~。」
「いやっ…!早く服着てよっ!!」

下着姿でニヤニヤしながらリディアに近付くエッジ。夫の悪戯に目を背けていると、何やらごそごそと布が擦れる音がした。服を着たのかと視線を戻すと…

「ハッハッハ、全裸マンにクラスチェーンジ!!」
「もうっ、エッジのバカッ!!!」

堂々と腰に手を当てた全裸のエッジに目を向けていられず、真っ赤な顔のリディアは背を向けた。

「リディア、こっち見ろよ~。」
「いやっ!!」

背を向けたままのリディアが可愛くてますます悪戯心が高ぶり、背後から抱きついた。普段は威厳のある国王のエッジだが、リディアが相手となるとすっかりリラックスしてエロ忍者ぶりか遺憾無く発揮される。

「つかまえたぞ~、ぐふふふふ。」
「もうっ、離してっ!早く服着てよっ!!」
「そんな嫌がるなよ~。雨も上がったことだし、デートに誘ってやろうと思ってたのによ。」
「へ…?」

リディアがエッジの方を向くと、優しい笑顔。

「紫陽花見に行かねぇか?たくさん咲いてる場所があるんだ。」
「そ、そうなの…?」
「おぅ。こっから歩いて行ける距離にあるからよ、どうかと思ったんだ。」

思いがけない誘いに、リディアの胸が高鳴った。雨も上がったことだし、外出するにはいいタイミングである。

「うん…行きたい。」
「そうか、なら今から行こうぜ!」

エッジは満面の笑みだが、何やらリディアが俯いている。

「リディア?」
「…行くから、早く服着てよ…。」
「もう着ていいのか?ほら、後悔しないようにしっかり見ておけよ。」
「バカッ!!!」






*****





「お、すっかり晴れたなぁ。」

服を着たエッジはリディアと手をつなぎ、エブラーナ城の門に続く屋外の通路から日が傾きつつある空を眺めていた。

「ふふ、雨上がりって、何か清々しいわね。」

雨でどんよりとしていた空気も夕暮れ近い太陽の光で澄み渡り、城壁から滴る雨水の雫はそれを反射してキラキラと光っていた。雨が降っている間は気分がどんよりするものの、晴れた時の爽やかさを感じると雨も悪くないものだ。





城から雨に濡れた道を歩いていくと、立派な寺の門が見えてきた。

「ここだぜ。毎年すげぇたくさんの紫陽花が咲くから皆ここに来るんだ。」

エッジの言う通り、2人の周りには雨上がりを見計らってやってきた多くのエブラーナ国民達。エッジがリディアの手を引いて門をくぐり、坂道を登って本堂の近くまで来た2人の眼下には、見渡す限りの紫陽花園だった。

「わぁ…すごい!たくさん咲いてるわね!」
「だろ?梅雨の時期はお前をエブラーナに連れてきたことなかったし、今年は絶対連れていってやろうと思ってたんだぞ?」
「そうかぁ、そうだったよね…。」

雨がひどいとエブラーナ上空を飛空挺で飛ぶのは危険な上、エッジの仕事の都合と天気のいい日はそうそううまく合致するものではなかったため、梅雨の時期はいつもエッジの方からリディアに会いに行くのがお決まりだった。


「エッジはいつも『この時期はエブラーナじゃ雨が多くて飛空挺乗るのは危ないから俺がここに来る!』って言って、ミストに来てくれてたよね…。」
「そうだぞ?俺がどんだけお前のために気を遣ったと思ってんだ。」
「うん…ごめんね。」

リディアはエッジの腕にきゅっとつかまって身を寄せ、長い間甘えさせてくれた夫への想いに瞳を潤ませながら上目遣いで彼を見つめた。

「…そんな顔すんじゃねぇよ。」
「だって…。」

見つめ合う2人の頬はほんのり赤らみ、エッジの指がリディアの色白の滑らかな頬をそっとなぞった。そのままゆっくりと唇同士の距離が縮まっていくと―――




「きゃー!お館様とリディア様がチューしようとしてるー!!!」

現場を見ていた幼い少女の声で、紫陽花を見に来ている国民達が自分達に注目していることに気付いたエブラーナ国王夫妻の顔は真っ赤だった。

「こらっ!大声出すんじゃありません!…お館様、リディア様、お邪魔しちゃってすいません、ほほほほ…。」

母親がさぁ続きをどうぞと言わんばかりの態度で少女の手を引いていった。国民達はエッジとリディアが熱々なのを知っているため、2人が仲良くしているのを微笑ましく見守っていたが、さすがに恥ずかしくて身体を離して気まずそうにする。

「あー…悪りぃ、リディア。」
「う、ううん…私こそ…。」

少しの間身体を離していたが、2人の手は徐々に近付き、自然に指と指が触れ合い、ゆっくりと絡み合う。

「んじゃ…行こうか?」
「うん…。」

しっかりと手を繋いだ2人は石段を下り、紫陽花園に足を踏み入れた。

「…きれいね。」
「おぅ、きれいだな。…けどよ、よく考えたらミストにも紫陽花咲いてたし、お前にしたらそんなに目新しくはねぇかもな。」

何と無く決まりが悪そうな表情のエッジは頭を掻いていたが、リディアは満面の笑みだった。

「ううん。ミストにも紫陽花は咲いてたけど、ピンクや紫っぽいのがほとんどだったから、こんなにたくさんの青い紫陽花見るの初めてよ?」
「あ、そうだっけ?なら良かった。」

この花のような可愛らしい笑顔が自分を虜にしているのを、理解していない様子がエッジにはまた愛らしい。

(くそ~、ドキドキさせやがって…。)

自然とリディアの手を握る力が強くなり、透き通るような翡翠色の瞳が不思議そうにこちらを見つめてくる。

「エッジ…そんなに強く握らないで。ちょっと痛い…。」
「…お前が悪いんじゃねぇか。」

リディアはエッジの言っている意味が分からず、怪訝な顔をするが、その顔がまた愛らしい。

「お前は本当に反則ばっかだな。」
「…何が反則なのよ?」

はぁ、と溜息をつきながら呆れた顔でリディアを見ると彼女はますます意味が分からず、何となく不機嫌な表情である。

「私…何か悪い事した?」
「いや、何も。」
「…意味分かんない。」

顔を背けて少し頬を膨らませるその姿は、エッジのお気に入りの表情。指でそっとその色白の頬をつつくと、リディアはピクッと反応して大きな目をぱちぱちとさせながら夫を見つめる。

「…やっぱりお前は卑怯な女だよな。そんな可愛いことして、俺がどんなにドキドキしてるのか分かってんのか?」
「そんなの、分かんないわよ…それより紫陽花見ましょうよ。」

深い色の目にじっと見つめられたリディアは恥ずかしくて思わず顔を背け、紫陽花に視線を移す。
エッジはやれやれといった表情で妻の手を握っていた力を緩めた。



2人を囲む雨上がりの紫陽花は雨水の雫に濡れ、活き活きと咲いていた。白から橙色に変わりつつある太陽の光がその雫をキラキラとさせ、見る者の目を惹きつける。青色の紫陽花は緑の葉との組み合わせが何とも涼し気で、自分の故郷ではあまり見かけないその色彩の美しさにリディアはすっかり見入っていた。

「何か心が落ち着く色合いね。ピンクや紫もいいけど、青の紫陽花って爽やかだわ。」
「だろ?紫陽花といえば青なんだ。雨が多くてじっとりする季節はこういう爽やかな色を見て楽しまねぇとな。」

自国ならではの美を誇らし気に語る夫。そうね、と頷きながら話を聞いてやるリディアの顔はニコニコしている。


「お館様、リディア様、本日はお足元の悪い中をかような場所まで足を運んでいただいてありがとうございます。」

紫陽花を見ている2人の元に、寺の住職が挨拶にやってきた。

「よう、今年も大人気じゃねぇか。」
「えぇ、お陰様で。そういえばお館様、ハート型に咲く紫陽花はもう見つけられましたかな?」
「ハート型?そんな紫陽花あんのかよ?」
「はい。何年も前に咲いているのが見つかって以来、それを見つけたカップルはずっと仲良しでいられるという言い伝えができたんですよ。」
「そうなの?見つけたいな…。」

話を聞いていたリディアの目が輝き出し、エッジをじっと見つめた。

「ったく、女はすぐそういうのに乗るよなぁ。んなもん見つけなくったって、俺はお前一筋だってのによ。」
「いいじゃない!そういうのも楽しみたいの!ねぇ、どの辺りに咲いてるの?」
「はっはっは、それは秘密にございます。どうぞお館様とご一緒に見つけて下さいませ。」

住職は笑顔でそう言うと、その場を去っていった。

「さ、リディア行くぞ。」
「もうっ、待ってよぉ!ハート型の紫陽花見つけたいからゆっくり見たいのっ!」
「はいはい、そうですか。」

リディアは夫の素っ気ない返事にムッとし、繋いでいた手を離すと紫陽花園の中をゆっくりと歩きながらハート型の紫陽花を探し始めた。エッジはリディアのペースに合わせ、両手を頭の後ろで組みながら彼女の後ろからついて行くように歩いていった。

「ん~、ないなぁ…。どこにあるのかしら。」

真剣にハート型の紫陽花を探す妻の姿を呆れ顔で眺めるエッジ。彼としてはリディアと手を繋いで一緒に紫陽花を愛でたいのに、彼女は最早それどころじゃないようである。

「なぁリディア、そんなに必死になることねぇじゃねぇか。」
「え~、だって見つけたいんだもん。ねぇ、エッジはそっち探してよ。」
「へいへい…。」

適当に返事をして紫陽花を眺めるエッジ。すると彼の目に留まったのは…

「!おい、リディア!」
「え、見つけたの!?」

嬉しそうに駆け寄るリディアの目の前には…

「ほら、見てみろよ。こんなでけぇナメクジ珍しくねぇか?」
「…。」

ニヤニヤする夫を無視し、リディアはハート型紫陽花を再び探し始めた。

「何だよ、そんな怒るなよ~。」

これからも仲良くしたいからハート型の紫陽花を見つけたいという女心を理解していない夫の悪ふざけに腹を立てたリディアは、彼の呼びかけに知らん顔を決め込んだ。

エッジが後ろからゆっくりと近づき、そっとリディアの細い肩を抱いてやると、華奢な身体はピクリとした。

「…そんなにハート型の紫陽花見つけてぇのか?」

囁くように尋ねてくる、いつもより低めで、甘いようなエッジの声。思わず身を少し竦めると、俯き気味にコクリと頷くリディア。

「…だって、エッジとずっと仲良しでいたいもん。」
「ん…そうか。」

自分とずっと良好な関係でいたい、10年以上も想い続けた愛しの女性にそう言われては、エッジの頬は赤くなる以外なかった。

「じゃあ、一緒に探すか。」
「うん!」



2人は手を繋ぎ、一緒にハート型の紫陽花を探した。







「んー…見つからないなぁ。」

紫陽花園の半分ほどを探したものの、ハート型の紫陽花は見つからない。リディアはやや元気がなくなった様子で、エッジの肩にもたれかかった。

「ちょっと休憩しねぇか?そこに茶店があるしよ。」
「うん…。」

2人は紫陽花園の中にある、簡易喫茶へと入った。そこは紫陽花を見に来た国民達で賑わっている。

「これはお館様に奥方様!いらっしゃいませ。」
「あれ?ダンカン、お前ここに店出してたのか?」

昼間訪れた米農家の主人に出迎えられ、エッジは目を丸くした。

「そうなんですよ!うちと緑茶農家の共同で特別なエブラーナ菓子を作ってましてね、この場を借りて売り出しをさせてもらってるんですよ。さぁさぁこちらへお掛け下さいませ!」
「へぇ、そりゃまた。どんな菓子なんだ?」
「はい、すぐにお持ちいたします!」

そう言ってテーブルに並んで座った2人にダンカンが出してきたのは、涼しげな透明の硝子の器に盛られた白玉団子と粒餡が乗せられた緑茶色をしたアイスクリームだった。

「これ…アイスクリーム?緑色なんて初めて見たわ。」

リディアの言葉を聞いたダンカンは笑顔で説明し始める。

「奥方様、これは粉末の緑茶を混ぜて作った、抹茶アイスクリームでございます。アイスクリームの甘さと抹茶の苦味の組み合わせが絶妙で、今年この紫陽花園で出店してからずっと若い女性を中心に大人気なんです!その白玉団子はうちで作った米を原料にした米粉で作ってあるので、白玉粉で作ったものよりもずっとコシがあって美味ですよ!」
「へぇ…じゃあいただくわね。」

リディアが抹茶アイスクリームと白玉団子をぱくりと食べると…

「美味しい!」

さっきまで少し疲れた顔をしていたのに、特別な菓子の甘さにあっという間に満面の笑みを浮かべたリディア。愛らしいその姿に、エッジの表情はみるみる緩む。するとそれを見たダンカンがクスクスと笑い出した。

「お館様、またそのような締まりのないお顔をなさって…。」
「あ?」
「昼間うちに来た時、奥方様の話になった途端同じ顔をなさってたではないですか。」
「え?」

ダンカンの話を聞いたリディアがエッジの方を見ると、彼は顔を背けた。

「昼間お館様がうちに来た時、私が奥方様はお元気ですかと尋ねただけなのに、お館様は笑顔で奥方様の自慢話を始められましてねぇ。挙げ句の果てに『うちの嫁は世界一いい女だ!』と仰ってたんですよ。」
「ダンカン!余計なこと言うんじゃねぇ!!」

エッジの顔は真っ赤だった。国王だというのに、リディアの事となると威厳も何もない弄られキャラと化す夫。

「んもぅ、エッジのバカ…。」

頬を赤く染めて食べかけの抹茶アイスクリームの硝子の器を持ったままもじもじとするリディア。

「はっはっは、これは余計な事を申しましたかな?ではお2人とも、どうぞごゆっくり。」

笑顔で仕事に戻るダンカンを見届け、2人が顔を見合わせると、相手の真っ赤な頬がそれぞれの目に映る。どう会話を始めたら良いのか分からず、お互い口をもごもごとさせた。

「ん…エッジ。」
「へ?」
「ダンカンが言ってたの、本当なの…?」
「…おぅ。」


リディアの顔はすっかり火照り、今にも火が出そうなくらいに赤くなっていった。



「…ダメだったのかよ?」
「ダメじゃないけど…恥ずかしいよ…。」

エッジが頭を掻きながら言葉を選んでいると、リディアの色白で華奢な手がそっとエッジの手に触れた。その手がきゅっと彼の大きな手を握ったので、エッジの深い色の瞳はリディアの翡翠色の瞳を見つめた。



何も言葉を交わさずとも、お互いへの想いが手の温もりと見つめ合う瞳から伝わり合っているような気持ちになり、目を閉じた2人の唇の距離がぐんぐん縮まっていくと―――



「あ!お館様とリディア様がまたチューしようとしてるー!」

さっきと同じ少女の声が響き、我に帰りとっさに身体を離す国王夫妻。またしても周りの国民達は微笑ましそうに2人のことを眺めていた。

「これっ!こっちに来なさい。お館様、リディア様、本当に邪魔ばっかりしてしまって…ほほほほ。」

少女の母親は今回もさぁ続けて下さいと言わんばかりの態度だった。


「あ、いや…その…あぁ…リディア、すまねぇ。」
「ううん、ごめんね…皆見てるのに。」

2人はしばし無言になり、出された抹茶スイーツを平らげる。エッジが食べ終わった硝子の器をテーブルの上に置くと、同時にリディアが自分の器を置く音と重なった。

「あ。」

2人の声まで重なり、自然に笑いがこみ上げてくる。

「ははは。」
「ふふふ。」

笑顔で見つめ合うと、離れていた手と手がそっと触れ合い、2人の体温がゆるりと溶け合っていった。心地良い温もりがエッジとリディアの身体を包み込み、自然と頬が紅潮する。

「美味しかったね。」
「おぅ。リディア…そろそろ行くか?」
「うん。」

椅子から立ち上がり、代金を払うと、2人はまたハート型の紫陽花を探すべく歩き出した。

「ハート型の紫陽花、見つけたいなぁ…。」
「ん、そうだな。まだこっちにたくさん咲いてるし、ありそうだけどな。」
「うん!」







*****



「あーぁ、見つからなかったなぁ…。」

結局ハート型の紫陽花を見つけられずに紫陽花園を後にしたリディアは、夕暮れ時の空の下でガッカリした様子で呟いた。

「そんなガッカリすんなよ。来年また行こうぜ?」
「うん…。」

エッジが歩きながらリディアの肩を抱いてやると、まだ赤みの残る空の光に染まる緑のふわふわとした長い髪がエッジの肩にかかってきた。エブラーナ城に近付いてきても、リディアはまだ浮かない顔をしている。

「…そんなに見つけたかったのか?」
「…うん。」
「ったく、しょうがねぇなぁ…。」

呆れた様子でそう言うエッジは、自分の懐から何やら取り出した。リディアの目に入ったのは…

「…!!エッジ、これは…!」

エッジの手には、昼間の明かりが無くても明らかにそれだと分かる、ハート型に咲く紫陽花。

それを手に持たされたリディアは、一瞬、驚きで思考が止まってしまった。

「エッジ…見つけてたの?いつの間に…。」
「…あのでかいナメクジの横に咲いてたんだよ。」




―――興味なさそうにしてたのに、本当は私の気持ち、ちゃんと汲んでくれてたんだね


どうしよう

嬉しくて胸がドキドキして、苦しいよ―――





速まる鼓動を落ち着かせようと、胸に手を当てるリディアは少し俯き、この気持ちをどうしたらいいか必死に思案していると、エッジの腕が優しくリディアを包み込む。

「…!エッジ…。」

黄昏時の空の色を背景にするエッジの顔を見上げると、薄暗い中でもふわりと温もりを醸し出すその表情はとても穏やかで優しくて、リディアの全てを受け入れてくれるような、そんな安心感を漂わせていた。

「…ありがとう。」

エッジの胸に思わず顔を埋めてそこに頬をすりすりさせると、彼の匂いと体温が心地良くって、リディアの顔が綻ぶ。

「何やってんだよ~、お前犬か猫みてぇだな。」
「だって、あったかくていい匂いがするから…。」

エッジのふっと笑う声がしたかと思うと、彼の大きな手がリディアの柔らかな髪を撫でる。ハート型の紫陽花の茎を握りしめたまま、ぎゅっと彼の背中にしがみつく。今の自分の気持ちをどう言葉に置き換えれば伝えられるのか分からなくて、ひたすらエッジの温もりに身を寄せた。



どんなわがまま言っても、優しく応えてくれるあなた

これからもずーっと、私と仲良くしてね?


寄り添って咲く、紫陽花のように―――





「…これで、俺とお前はずっと仲良しだな?」

エッジの問いかけにはっと顔を上げると、さっきと変わらない、優しい笑顔。彼への愛おしさがこみ上げ、翡翠色の瞳はみるみる潤んでゆく。

「…うん、ずっと仲良しだよ。」
「じゃあ…。」

きょろきょろと周りを見渡したエッジ。何をしているのかと不思議に思っていると…

「よし、誰もいねぇし今なら…」



ちゅっ。



「へへ、やっとキスできたな。」
「もう…恥ずかしい。」

エッジから少し視線を逸らすリディアだが、その表情は好きな男性に愛されて、幸せいっぱいな艶っぽい女の顔。



端正なエッジの唇と、小さな花のような瑞々しいリディアの唇が再び重なり合うのを見ていたのは、リディアの手に握られた、黄昏色に染まるハート形の紫陽花だけ…。

―完―
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2014
05.31

「Rose Garden」

季節ものエジリディSS第2弾です☆ちょっと今月は書くの無理かな~と思いましたけど、何とか出来上がりました!では、どうぞ(^^)





「Rose Garden」





エブラーナの季節は今、春から初夏へと変わりつつある。大陸にはない梅雨という季節を前に気温は高くなり、湿度も上がりつつあった。


「ふー、暑いわねぇ…。」


エブラーナ王妃リディアは、生まれ育った大陸とは全く違う気候の変化に戸惑いながら暮らしていた。夏に気温が高くなるのはミストでも同じだったが、湿気はそこまで高くなかったため蒸し暑さを感じることはほとんどなかったのだ。



夫のエッジは今朝早くから仕事で城を留守にしており、リディアは昼食後も執務室で1人事務仕事に勤しんでいた。


「エッジ…今日は何時に帰ってくるのかな。」


ここ最近はエッジが城を留守にする公務と深夜までの内政業務に追われ、2人で過ごせる時間があまりなかった。しかし国王という立場に置かれている彼に、もっと一緒にいたいなどと言えばわがまま以外の何でもない。リディアは自分の気持ちを抑えながらエブラーナ城の留守を守っていた。



(ちょっと休憩しようかな…。)



仕事がひと段落したところで、お茶でも淹れようと椅子から立ち上がると、部屋のドアがノックされた。


「はぁい。」
「奥方様、失礼いたします!」



入ってきたのはエブラーナ四人衆のゲッコウ、ザンゲツ、イザヨイ、ツキノワだった。


「あら、皆揃ってどうかしたの?」
「奥方様、お仕事中恐縮なのですが、少しばかりお時間いただけませぬか?」
「??えぇ、いいけど…。」


ゲッコウの問いかけにキョトンとするリディア。

「実は少々御足労いただきたいので、ご準備いただけますか?」
「あ、うん。」

「では城の出口でお待ちしておりますゆえ、準備が整いましたらお越し下さいませ。」


何やらニコニコとしている4人を見てリディアは不思議に思うが、別に変な場所へと連れて行かれるわけではなさそうである。

「分かったわ。じゃあちょっと待っててくれるかしら?」
「ははっ!では後ほど…。」


四人衆は一瞬にしてリディアの前から消えた。


「…?何かしら…。」








そして…






「奥方様、お待ちしておりました。」

城の出口で四人衆が跪き、主君の妻を迎えた。


「ごめんね、お待たせ。…ところでどこに行くの?」
「それは着いてからのお楽しみにございます。どうか我らについてきて下さいませ。」

ザンゲツが笑顔で答える。

「ふーん…?」
「では参りましょう。」



笑顔の四人衆と共に、リディアは城を出て歩き始めた。




歩いて数分ほどすると、まだ夏ではないというのに、この気候に慣れていないリディアの身体からは湿気のせいで不快な汗が出てくる。持ってきた小さなタオルで汗を拭きながら四人についていく。


(どこに行くのかしら…?)





歩いていると、エブラーナ国立公園が見えてきた。初夏を間近に控え、生い茂る新緑がリディア達を迎えた。


道中はただ不快だった湿気も、こうやって緑に囲まれるとひんやりと快適に感じられる。山と林に囲まれた故郷のミストを彷彿とさせるその澄んだ空気に、リディアの気分は晴れていった。



公園の中に進んで行くと、そこには何種類ものバラが咲いていた。


「わぁ…綺麗!!」
「お気に召しましたか?」
「えぇ!」

ツキノワの問いに、笑顔で答えるリディア。

「奥方様、バラ園の入り口はあちらでございます。」
「あ、そうなのね。」

イザヨイに促され、リディアが入り口へと歩いて行くと…






「王妃様、お待ちしておりました。ここから先は某がご一緒いたしまする。」



跪き、エブラーナ言葉でリディアを迎えたのは…




「…エッジ!!」

リディアの顔を見上げ、二カッと笑う夫。立ち上がると、リディアの手をそっと握った。


「エッジ…仕事は?」
「ん?もう終わったぞ。」
「そ、そうなの?」
「おぅ。お前ら、ご苦労だった。城に戻ってくれていいぞ。」
「ははっ!」


任務を終えた四人衆は、素早く姿を消した。

「あ…。」


エッジが四人衆と計画したサプライズデートだということに気付き、リディアはエッジを見つめる。

「…そういうことだったのね。」
「そういうこと!最近お前と過ごす時間がなかったからな。」


嬉しそうに自分の顔を覗き込む夫を見て、リディアの表情は糸が切れたかのように緩み、思わず彼に抱きつく。


「おおぉ、何だよ~?」
「エッジ…!ずっと一緒に過ごせなくて淋しかったの…。」


彼の立場を思って淋しいとは口にできず、ずっと抑えてきたリディアの気持ちが溢れてくる。エッジの胸に顔を埋めると、彼の鍛え上げられた腕が優しくリディアを抱きしめた。

「俺も…淋しかったぜ?」
「本当?」
「あぁ。間違いなくお前よりも俺の方が淋しかったけどな?」

「もう…バカ。」

頬を紅潮させ、潤んだ瞳でエッジの顔を見上げる。

「…そんな可愛い顔で見つめんなよ。」
「うふふ。」



照れ臭そうなエッジをじっと見つめ、笑みをこぼすリディア。エッジも自分と同じ気持ちだったのを知り、こうして一緒に過ごせる嬉しさがふつふつとこみ上げてくる。


「じゃあリディア、中に入るぞ?」
「うん!」


2人が手を繋いでバラ園へと入ると、そこへバラ園の管理人がやってきた。愛想の良さそうな、ロバートという小太りな中年の男性である。


「これはこれはお館様に奥方様!ようこそいらっしゃいました。」
「今年も綺麗に咲いてるじゃねぇか。ロバートの手入れの成果だな。」
「いえいえ、お館様には何かと目にかけていただいて…。」
「リディア、俺達の結婚式場に飾ってあったバラはここで生育されたやつなんだぜ。」
「そうなのね!あのバラ、すごく綺麗だったわ。ありがとうね。」



2人の結婚式場にふんだんに飾られていた美しい紅白のバラ。幸せいっぱいの記念日のことが思い起こされ、リディアはうっとりとする。


「お2人の幸せのお手伝いができて何よりでしたよ。あの時期はちょうど秋バラの季節でしたからなぁ。」


ほぼ年中手に入る大陸産のバラと違い、四季がはっきりしているエブラーナでは、バラの開花時期が限られているのだ。


「ちょっと時期がズレてたら、あんなに華やかにはできなかったからなぁ。俺はちゃ~んと考えて結婚式の日取り決めたんだぜ?」

ドヤ顔でリディアを見つめるエッジ。

「何よぉ、恩着せがましいわねぇ。」

そう言いつつも満面の笑みのリディアは、エッジの腕にぴったりとくっつく。

「さぁさぁ、どうぞ春のバラをお楽しみくださいませ!ちょうど見頃ですし、今日はいい天気ですからな。」
「おぅ、ありがとな。…そうだリディア、これはお前にだ。」


エッジは懐からサーモンピンク色の1輪のバラを出し、リディアの手に握らせた。

「わぁ、きれい…ありがとうエッジ!」


それを見ていたロバートがにっこりと笑う。

「奥方様、バラにはそれぞれ花言葉があるんですが、本数によっても花言葉が違うのですよ。」
「そうなの?知らなかったわ。…1本は何か花言葉があるの?」
「はい、ございますよ。」

エッジは何やら恥ずかしそうに頷いている。

「どんな花言葉?」

「それはですね…」

ロバートがエッジに目配せすると…




「…『一目惚れ』だよ。」




恥ずかしそうなエッジの言葉にリディアの鼓動は速まり、頬はみるみる薔薇色に染まる。





「もうっ…やだぁエッジ…!」


もらったバラをキュッと握りしめて何をどう言えばいいのか分からないリディア。自分を見つめるエッジと目を合わせられず、顔を背けた。


「はっはっは!お館様の一本勝ちですな!」
「ん、そうみてぇだな。」

エッジは笑顔でそう言って、リディアの手をそっと繋ぐ。自分より少し高めの体温をたたえる優しい手の感触に、ますますリディアの鼓動は速くなった。




「さて!リディア、行こうか。」



照れ臭さを振り切ろうとするかのようなエッジの一言で、2人は歩き出した。





ロバートに見送られ、バラの蔓でできたアーチをくぐった2人。華やかで気品のある香りに包まれるそこには湿気でしっとりとした空気の中、紅白のものからピンク、黄色、オレンジ、紫など、色とりどりのバラが瑞々しく咲いていた。同じ色でも淡色や濃色、グラデーションになっているものや花びらの淵だけが濃い色だったり、一株から異なった色のバラが咲いているものもあり、リディアはその多彩な美しさにため息を漏らす。


「すごいね、色んな種類があるんだね…。」
「だろ?ロバートが色々と交配して、新しい色や柄のバラを生育してんだ。昔は紅白しかなかったんだけど、月の大戦でこのバラ園も被害受けちまって、それを機に大陸産のもんと差をつけたいからって言って、色んなバラを作り始めたんだ。ほら、そこにある紫っぽいバラなんか大陸ではあんまり見かけねぇだろ?」


月の大戦後、復興で国の財政が逼迫する中、エッジはロバートの情熱を汲み、僅かであったが彼に資金を融通していたのだ。


「そうなんだ…。だからあの管理人さん、エッジに頭が上がらないのね。」
「ははは、あいつのバラが世界中で売れてるおかげで今はばっちり税金払ってもらってるからな。寧ろ俺の方が頭上がらねぇよ。」


情に厚いエッジのおかげで、こうして助かっている人がいる。それを間近で見てリディアの心は高鳴り、ただ感銘を受けるばかりだった。


「エッジってば本当に…」
「あ?」
「…ううん、何でもない!」
「何だよ、言えよ~。」
「うふふ、言わない!」




(すごいね、なんて言ったら調子乗るだろうしね…ふふ。)







「あれっ、このバラ…。」

しばらくバラを見ていたリディアの目に止まった幾重もの真紅の花びらをたたえる大ぶりのバラのネームプレートには…



『クイーン・ローザ』



「これって…あのローザ?」
「おぅ。セシルとローザがバロンの王と王妃になった後、ボロボロだったうちの国に来て復興支援してくれてよ。それがきっかけでこのバラ園が軌道に乗ったんだ。んで大戦後に初めてできた新種のバラがこれで、支援の感謝の気持ちを込めてクイーン・ローザって名前をつけたんだ。いつだったか、あいつらの結婚記念日の祝いに送ってやったんだぜ。」

「へぇ~、そうなんだぁ。すごく豪華だし、ローザにぴったりねぇ。」
「だろ?あいつほど紅いバラが似合う女もそういねぇしなぁ。何せバロン屈指の美女だもんな。あんないい女をつかまえたセシルは本当幸せもんだぜ。」

「ん…そうだね。」


珍しく笑顔で自分以外の女性を褒めるエッジ。相手は気心知れたローザだというのに、リディアの心は何となくささくれ立ち、表情が曇る。


「ん、リディアどうした?」
「…何でもない。」



リディアの様子を見て、何やらエッジはニヤニヤしている。

「何よぉ。」

「そうだなぁ…お前に似合いそうなのは…」

怪訝な顔をするリディアを尻目に、エッジはキョロキョロと周りを見渡した。


「お、あれだ!」

リディアがどのバラかと思いながら少しドキドキしていると、エッジは近くのバラの蔓に手を伸ばし…



「ほら、お前にピッタリの色だぜ?」


エッジの手には、バラの蔓にへばりついていた青虫。



「なっ…!!!どういう意味よっ!!」
「いやぁ、これなら緑だし、お前の髪と目の色と合うじゃねぇか。」
「ひどーい!!エッジのバカッ!!」


ゲラゲラ笑うエッジに、ポカッとリディアの華奢な拳が振り落とされた。




戦友のローザは大きな真紅のバラが似合うと言われてるのに自分は青虫だなんて、悔しいのか何なのか分からない感情が湧いてくるリディア。さっきまでの嬉しい気持ちが徐々に消失し、苛立ってくる。



(せっかくのデートなんだし、こんなにイライラしちゃいけないよね…。)


自分はエッジの妻。彼がどんなに他の女性を褒めようとからかわれようと堂々としていなければ、と思い直すリディア。しかし…



「…!これは…。」





『イザヨイバラ』



ローザに続いて、イザヨイの名が付いたバラを見つけたリディア。その色は妖艶な女性をイメージさせる青みがかった濃厚なピンク。まさにイザヨイにぴったりなバラである。


「エッジ、このバラ…」
「ん?おぉ、イザヨイバラじゃねぇか。」
「…何でイザヨイの名前が付いてるの?」
「そりゃこのバラがあいつにぴったりだからだよ。イザヨイの奴、すげぇ美人で色気があるし。ロバートもイザヨイの大ファンだからな~。」


今度は部下を女性として褒めちぎるエッジ。身近な女性が2人もバラの名前になっていることを知り、しかもエッジが名付けたようなニュアンスに、モヤモヤとした感情が湧いてくるリディア。


「…そうね、イザヨイにぴったりなきれいなバラね。」



エッジに同意するリディア。しかし声のトーンが低く、エッジが異変に気付く。


「何だよ、どうした?」
「…別に。」



その後色んなバラを観賞したが、リディアの表情はあまり晴れなかった。



ローザは美しい真紅のバラ
イザヨイは妖艶な濃いピンクのバラ


自分は青虫



これらの事がリディアの頭をグルグルと回り続け、イライラするばかりだった。




「なぁリディア、もう少し行ったところにロバートの作業場があって、そこで休憩できる喫茶スペースがあるんだ。そこで茶でも飲もうぜ?」
「うん…。」


エッジが笑顔で話しかけるが、リディアはバラを見たまま彼とは目を合わせなかった。



「なぁ、何怒ってんだよ。」
「…。」


リディアはエッジにもらったバラをぎゅっと握る。一目惚れって言われて嬉しかった気持ちも、もう何処かに行ってしまった。


「…とにかくあっち行こうぜ。」


何も答えないリディアの手を引き、喫茶スペースへと向かうエッジ。







「おーいロバート、茶でも飲ませてくれねぇか?」
「はい、すぐにご用意いたします!」


喫茶スペースにあるテーブルにつくと、ロバートがポットと2人分のティーカップとケーキを持って来た。


「奥方様、こちらは私の特製ローズティーでございます。いい香りがしますよ。」

リディアのティーカップに注がれた赤いハーブティーからは、バラの香りが漂ってきた。


「わぁ、いい香り!」
「ちょうど3時を回った頃ですので、ケーキもどうぞ。」
「ありがとう、美味しそうね。」


リディアはロバートに笑顔で礼を言った後、向かい合うエッジの顔を見ずにケーキを食べ始めた。


「リディア、見てみろよ。ここからバラ園全部見渡せるんだぜ。」
「…そうね。」


素っ気ない返事をし、ハーブティーを啜るリディア。


「いつもは緑茶だけどよ、たまには大陸風なもん飲みてぇだろ?」
「…うん。」


笑顔で話しかけてもツンケンとする妻に、エッジはムッとする。


「お前さっきから何でそんなに機嫌悪いんだよ?」
「…別に悪くないわよ。」


再びケーキを食べるリディア。そこにロバートが現れ…


「お館様、奥方様、バラはいかがでございましたか?」
「おぅ、すげぇ見応えあったぜ。クイーン・ローザはきれいだし、あのイザヨイバラ、名前の通り濃いピンクがなかなかの色気を醸し出してるじゃねぇか。」
「さすがお館様!分かっていただけましたか。イザヨイ殿のお色気をイメージできる色でしょう?」
「あぁ。あいつのこう…ムチムチとした感じが浮かんでくるというか…ぐふふふふ。」



エッジの手を見ると、何かを握りたそうないやらしい指の動き。リディアはそれに嫌悪感を覚えて目を向けていられず、ケーキを口に含んだまま俯いた。すると…



「お館様、前に言っていた新しいバラができたのでお持ちいたします!なかなかの出来ですぞ。」
「お、そうか。なら見せてくれや!」



そう言ってロバートが持ってきたのは、5種類の鉢植えのバラだった。

「さぁさぁ奥方様もご覧下さいませ!どれもお2人がよくご存知の名前ばかりですよ。」
「え…?」


リディアが顔を上げると、エッジが淡いピンク色のバラの鉢を手に取る。

「これは『レディ・ポロム』。あの子の可愛いピンクの髪に似てるだろ?大きくなって、すっかり美人になったもんな~。」
「…そうね。可愛いわね。」

「んで次が『レオノーラ・イエロー』。赤ほどは目立たねぇけど、可憐な感じがレオノーラらしいだろ?」

明るい黄色のそのバラは、まさしく可憐なレオノーラをイメージさせる。

「こっちが『チアフル・ルカ』だ。王女だけど、シドの弟子として直向きに頑張ってるあいつには、元気なオレンジがぴったりだよな。」
「…うん、今もシドと一緒に頑張ってるもんね。」

「ほいでこれが『インテリジェント・ハル』。出しゃばらずに知性でギルの奴を支えるハルっぽく、控えめな感じがいいだろ?」

薄紫色をしたそのバラは、一歩下がって主君のギルバートを引き立たせるハルの淑やかな振る舞いを彷彿とさせる。

「最後が『プリンセス・アーシュラ』。まだまだ若いけど、大成しそうなあの子には真っ赤なバラがぴったりだよな。可愛い上に武術のセンスもあるしよ。」

小ぶりで明るい赤のそのバラは、真月の戦いにおいて父であるヤンを師とし、強さと優しさを身に付けていったアーシュラによく似合いそうだった。

「…ヤンもこのバラ、気に入るでしょうね。」



次々と出てくる戦友の女性の名をとった美しいバラを前に、リディアの中ではモヤモヤとした気持ちがどんどん膨らんでいく。今まであまり感じたことのないこの感情をどうすれば良いのか分からないリディアはただ俯いていた。


「いやぁ、お館様の戦友の女性達はどの方もお美しくて、バラの名前にするにはぴったりですな!」
「だろ?若いのから子持ちまで色々だけど、全員女としての魅力たっぷりだからな~。」


卑猥な男同士のお喋りに、夫の口から次々に出てくる他の女性の話題。さっきから苛立っていたリディアはもう耐えられなかった。


「…エッジ、私帰る。」
「え?」
「もう帰る!」

「な、何だよ…。」

その場を去ろうとするリディアを宥めようと、エッジは彼女の腕を掴む。


「離してよっ!」
「お前何をそんなに怒ってんだよ?」


自分が怒っている理由を全く自覚していない夫に、ますます怒りがこみ上げてくる。俯いて唇をぐっと結び、華奢な拳に力がこもる。そして次第にその翡翠色の瞳からは涙がこぼれてきた。


(せっかくのデートなのに、どうしてこんな思いしなきゃなんないの…。)





「…何だよ、何が気に入らねぇんだよ?」


何も分かっていない夫に、リディアの怒りは爆発した。



「さっきから何なのよ!!ローザやイザヨイや他の皆はバラみたいにきれいだって言ってるのに私は青虫だなんてっ!!」
「そんな事で怒ってんのかよ?しょうもねぇ奴だなぁ。」


軽く笑うエッジに、リディアは惨めな気分になって拳がガクガク震え出し…





「それに、皆の名前が付いたバラがあるのに、どうして私の名前のバラはないのよ!?」






エッジとロバートがポカンとした顔でこちらを見ているのに気付き、リディアはハッとして口を覆う。




エッジにぞんざいに扱われたショックとモヤモヤする感情に駆られ、大人げないわがまま発言をしてしまった。これでは友達が持っているおもちゃを自分も買って欲しいと駄々をこねる幼い子供と同じである。



その場でわなわなと震えていると、エッジが呆れた表情でため息をつく。


「…悪かったな、気が利かなくて。けど俺はそんなこと考えられるほど暇じゃねぇからな。」


低い声で発されたエッジの言葉で、リディアは寒気がし、一気に血の気が引くような思いをした。夫は国王で大変な立場にいる中、こうして自分との時間を作ってくれているというのに。




「…帰るんだろ?出口はあっちだぜ。」


詫びようとしたリディアだったが、寛大な彼でも許容できないわがままを言ってしまったようである。


「道が分かんねぇなら、ロバートに連れてってもらったらいいじゃねぇか。」



もうこの場にはいられない。いたたまれなくなったリディアは出口に向かって歩き出した。










「うっ、うっ…。」


せっかくのデートが台無しになり、リディアはぐずりながら出口への道を歩いていた。


エッジがあんなに無神経だったなんて。しかもイザヨイの身体に触りたそうな彼の言動に自分以外の女性の名をとったバラ。今まで自分を1番に考えてくれていると思っていたのに。


「うっ…うわぁぁぁん…!」


その場に座り込み、嗚咽を漏らす。とめどなく流れてくる涙は、持っている小さなタオルをあっという間に濡らした。







こうして泣いていたら、いつもあなたは優しく抱きしめに来てくれたのに―――



私のそばにいてくれたのに




どうしてなの?




私が甘え過ぎたから、愛想尽かしちゃったの?




エッジ…!!
















「はぁ…。」


一頻り涙を流し、落ち着きを取り戻してきたリディアは出口に向かおうと立ち上がる。


(エブラーナ城への道、分かんないや…どうしよう。)


行きは四人衆が連れてきてくれたため、どこをどう来たのか思い出せないリディア。ロバートに頼むしかないと思っていると、何やらいい香りがしてきた。




「あれ、このバラは…。」



自分の周りをよく見ると、見覚えのあるサーモンピンクのバラが1面に咲いていた。


「エッジがくれたバラだわ…。」


さっきのいざこざで、もらったバラは喫茶スペースに忘れてきてしまったが、可愛い色だったのでリディアの記憶に残っている。新種のバラなのだろうか?気軽に見れるようになっていた他のバラと違い、大事そうに柵で囲われており、かなりの数が咲き誇っている。


「奥方様!!」



リディアの元にロバートがやってきた。

「ロバート!…さっきはごめんなさい。見苦しかったでしょう?」
「いやいや!私の方こそお耳に障ることを申し上げてしまいまして申し訳ございません!」

「ううん!私がついカッとなっちゃって…。」

そう言った後、ロバートは何やらニッコリとする。


「奥方様、こちらのバラはお気に召しましたか?」
「あ、えぇ…。すごく可愛い色ね。」
「それはそれは!お気に召したようで何よりです!」


満面の笑みのロバートを見ていると、リディアにも笑顔が戻ってきた。


「このバラは最近やっと出来上がった新種でしてね、ようやくお見せできるようになったんですよ。」
「そうなのね…。何ていうバラなの?」


ロバートはまたしても満面の笑みを浮かべる。

「奥方様、それは名付け親のお館様に聞いてみて下さいませ。」
「えっ…?」


さっきあんなに険悪な雰囲気だったのに、そんなことを聞けるものかとリディアが俯いていると…



「リディア。」


リディアが振り向くと、そこには笑みを浮かべるエッジがいた。

「あ、エッジ…。」


リディアは気まずくて、エッジの顔を直視できない。


「ほれ、忘れもんだ。ったく、せっかく俺がプレゼントしたんだから大事に持っとけよ?」


テーブルに忘れてきたバラをリディアの手に持たせ、俯くリディアをそっと抱き寄せたエッジに、ロバートはニッコリと笑う。


「お館様、奥方様にこのバラの名前を…。」
「おぅ。…リディア、このバラ気に入ったか?」


俯いたまま小さく頷くリディア。

「そうか、よかった。このバラの名前はな…」
















「『スウィート・リディア』っていうんだ。」













驚いて顔を上げたリディアが見たのは、とっても優しい笑顔のエッジ。






リディアの唇に、そっと重なるエッジの唇。




「エ、エッジ…!やだぁ…。」



もう嬉しいのか恥ずかしいのか分からないリディアは胸の前で両手をキュッと握り、ひたすらもじもじとする。


「へへ~、びっくりしたか?」
「…うん。」
「ロバート、ありがとな。」
「いえいえ、こちらこそ予定よりもかなり時間がかかってしまいまして…。」


2人の会話を聞いて不思議そうな顔をするリディアに、ロバートが説明し始めた。


「以前からお館様は奥方様のためにバラを作って欲しいと仰ってましてね。本当はご婚礼の日までに用意することになっていたんですが、予想以上にこの色を出すのに難航してしまい今になった…というわけです。他のバラと違って、こちらのスウィート・リディアはピンクとオレンジの絶妙なバランスが必要ですからなぁ。」

「そういうこと!簡単に作れるような色じゃ、そこらのバラと差がつかねぇもんな。」


話を聞いたリディアは、胸が熱くなってくるのを感じていた。

「じゃあ、さっきあんな事を言ったのは…」
「もちろん、お前をびっくりさせるためだぜ?普通に見せたんじゃ面白くねぇだろ?」

ニヤニヤと笑うエッジを見て、リディアの翡翠色の瞳が潤みだした。


「本当にお館様はお人が悪いですなぁ~。奥方様を驚かせたいからとわざと怒らせるなんて。今朝の打ち合わせの時に普通にデートなさったらどうですかって言ったんですがねぇ。」

「えっ?」
「だっ…ロバート!余計な事言うんじゃねぇ!」


相変わらず情報管理の甘いエブラーナ国王である。



「エッジ…今日仕事じゃなかったの!?」
「…。」

エッジの頬は真っ赤だった。


「お館様は今朝からここに来て、私と四人衆と一緒に、奥方様とのサプライズデートの準備をなさってたんですよ!」
「ロバート!余計な事言うなっつっただろーが!」

「はっはっは、これは失礼!では私はこれにて…。」


笑顔で作業場へと戻っていくロバートを見届けた2人は顔を見合わせる。


「エッジ…。」
「ん?」
「私をわざと怒らせて、って言ってたけど、その…ローザがすごく美人だとか、イザヨイの身体が色っぽいとか言ってたのは…あの…。」


「ぜーんぶ、演技だぞ?」


キッパリと言い切られたエッジの言葉で、リディアはもやもやした気持ちがスッと晴れていくのを感じた。

「けど…バラの名前はエッジが付けたのよね?」
「いや、あれはロバートが付けたんだ。俺が名付けたのはスウィート・リディアだけだぞ。」
「…そうなの?」
「おぅ。大体何で俺がいちいち新種のバラに名前付けなきゃなんねーんだよ。お前を怒らせるためにバラの名前覚えて、ローザ達へのおべんちゃら考えるの大変だったぜ。」



腕を組みながら誤解に苦笑するエッジに、リディアの表情は緩む。それを見たエッジはニヤニヤと笑いだし…




「いやぁ、お前があんなにヤキモチ妬いてくれるとはなぁ~。すげぇ嬉しいぞ。見事に俺の演技に嵌ってたから、思わずポカンとしちまったぜ。」
「へ…?」


エッジが他の女性の話題を口にしたことに苛立ってしまったということは…


「お前は、それだけ俺のことが大好きってことだよな?」


ルンルン気分でリディアの手を握り、彼女を見つめるエッジ。するとさっきまで険悪だった夫の笑顔にホッとしたリディアの翡翠色の瞳からは、ポロポロと涙がこぼれ出す。


「エッジ…!!」


自分の名が付いたバラを握りしめたまま、リディアはエッジに抱きついた。

「おぉよしよし、可愛いやつだなぁ~。…俺が他の女の話なんてしたから不安になっちゃったか?」


エッジはぐずりながら頷くリディアの髪を優しく撫でる。

「あんな気持ちになるの…もういやぁっ!」
「ん…そうか、ごめんなリディア。」
「エッジのバカぁっ…!」
「すまねぇ、リディア。…俺はお前のことしか見てねぇからな?」


この10数年の間1度も抱かなかった、嫉妬という感情。それを感じるのがこんなに苦しいなんて。エッジへの想いがどんどんこみ上げ、ひたすら彼にしがみつく。




ちゅっ。


「今のはごめんねのチューだぞ?」
「…。」


頬にキスされ、何やら言いたげな表情のリディア。

「ん、ごめんねのチューじゃ足りねぇのか?ならちょっと待ってろ。」


そう言ってエッジが持ってきたのは、スウィート・リディアの花束だった。


「ほれ、これで機嫌直せよ。」
「…うん。」


ふとロバートの言葉を思い出したリディアが本数を数えると、そこには10本のスウィート・リディア。


「10本って…何か花言葉あるの?」
「んー、10本は知らねえけどよ、11本なら花言葉があるぜ?」





11本。





リディアはエッジにもらっていた1本のスウィート・リディアを花束と合わせた。

「…これで11本あるわ。どんな花言葉なの?」
「あー…それはだなぁ…。」



何やら言いにくそうにしているエッジの口から出た花言葉は…









「『最愛』だよ。」












リディアの頬が薔薇色に染まる。

エッジの頬も薔薇色に染まる。







初夏の湿気を含んだ風が、ふっと吹く。





じっと見つめ合う2人。







エッジの手が、ゆっくりとリディアの背中に伸びた。





その手がリディアを抱き寄せると同時に、リディアは自分から身体をエッジに預ける。







強く強く、抱き合う2人。






蒸し蒸しする気候の中、2人の手も身体も汗ばんでいたけれど、そんなことはもうどうでもいい。








何の言葉もなく、ただ愛する人を自らの腕でしっかりと抱きしめる。






息遣い

体温

鼓動

匂い








全部全部、大好き










抱き合ってどれほど過ぎた頃か、ようやく2人は顔を合わせる。


「ふふふ、エッジ汗びっしょりじゃない。」
「へへへ、リディア…お前こそ汗だくだぞ。」




再び抱き合うエッジとリディア。口づけする2人の汗と体温が溶け合っていく。











「なぁ、リディア…。」
「ん?」


「ここに咲いてるスウィート・リディアはよ、999本あるんだ。」
「うん。」

「999本のバラにも、花言葉があるんだ。」
「そうなんだ。どんな言葉?」



「知りたいか?」
「うん。」




エッジはリディアに、花言葉を耳打ちする。






「…!!もうっ、エッジ…!」
「何だよ~、せっかく言ってやったのに。」



2人の頬は、また薔薇色に染まっていた。



「…でも、嬉しいな。」
「そうか。なら良かった。」



自然に重なり合う2人の唇は、角度を変えながら何度も深く深く、相手に侵入していった―――










リディアが持ち帰ったスウィート・リディアはあっという間に国中の女性達の間で人気となり、その後世界中に出荷されると、その可愛らしさで大ヒット商品になったという。












999本のバラの花言葉、それは―――













『何度生まれ変わっても、貴方を愛する』





―完―


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2014
04.20

「夜の八重桜」

近所にある八重桜を見ていたら書きたくなっちゃったんです…。ラブラブほのぼの系ですよ♪

前作までとは時系列がはずれていますが、また別の、季節ものTA後エジリディってことでご容赦下さいませ☆(^^ゞ



「夜の八重桜」







すっかり春めいた日々が続く中、夜を迎えたエブラーナ城では王妃リディアが今日のの仕事を終えた。すると部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「はぁい。」

ドアを開けるとエッジがいた。

「よ、リディア。仕事終わったか?」
「うん、今終わったとこ。エッジも終わったの?」
「おぅ。…あのさ、お前が良かったら、今から夜桜見に行かねぇか?」

「え、桜?」

確かもう時期的に桜は散ってしまってるはずだ。リディアが不思議に思っていると、エッジが微笑んだ。

「八重桜だよ。普通の桜より遅目に咲くから、今ちょうど見頃なんだ。」

リディアは結婚前、何度かエブラーナで桜見物をエッジと楽しんでいたが、普通の桜しか見たことがなかったのだ。

「そうなの?見に行きたい!」
「よしよし、そうこなくっちゃな。」


2人は手を繋いで城を出て、月の光がうっすら夜道を照らす中、八重桜が咲く場所へと向かう。


「桜って色んな種類あるんだね。八重なんて初めて聞いたなぁ。」

興味津々のリディアを見て、エッジは思わず笑みをこぼす。

「バロンやミストの方ではそもそも桜がねぇんだよな?あんないいもん見れねぇなんて、気の毒だな~。」

「ふふふ。」

(エッジの手、あったかいなぁ…。)

自国文化を誇らしげに語るエッジ。リディアはうんうんと頷いて夫の話を聞く。こうしてエブラーナの事を話す夫はとても嬉しそうで、それを見ているリディアも幸せな気分になるのだ。







「着いたぞ、ここだ。」


そこには可憐なピンクの花びらを何重にもたたえる、幾多もの美しい八重桜が咲いていた。

「わぁ、きれい…!」


夜でも花見を楽しめるよう、八重桜の並木道には小さな松明がいくつもセットされている。夜の春風にさわさわと吹かれ、光に浮かび上がるピンクの花びらは何とも幻想的で、リディアをたちまち魅了した。


「…やっぱりきれいだな。」


エッジがそう言うと、リディアは満面の笑みで頷く。

「うん、すごくきれい!エッジ、連れて来てくれてありがとう!」

「へへ…。本当はソメイヨシノの季節にお前と花見したかったけど、何かとバタバタしちまって、タイミング逃しちまったからなぁ。」

「そうだね…エッジ忙しかったもんね。」
「ま、俺は夜のベッドで桜みたいなお前の可愛い乳首見てたから、それで十分だったんだけどな。」

「なっ…!変態!」

顔を真っ赤にして怒ったリディアがニヤニヤするエッジをポカリと叩く。




2人が八重桜の並木道を歩いて行くと、花見を楽しむ国民達と出くわした。

「おぉこれはお館様!奥方様もご一緒で!」
「よぅ!楽しそうだな。」

気さくに国民に声をかけるエッジ。エブラーナは規模の小さい国だから、王族と一般国民の距離は近い。



「リディア様ー!」


大人達と花見をしていた子供達が寄ってきた。

「あら、こんばんわ。桜、とってもきれいね。」

「うん!僕達お父さんとお母さんと毎年ここに来てるんだよ!」
「うちもよ!皆と美味しいもの食べれるから、楽しみなんだ~。」

子供達の話を微笑みながら聞くリディア。親達もリディアに挨拶しにやって来た。

「リディア様、こんばんわ。よかったらこちらへどうぞ。エブラーナの地酒がありますよ。」

「うーん、少しだけいただこうかしら。…エッジみたいには飲めないしね。」
「ははは、お館様はお酒が好きでいらっしゃいますからね。」

リディアは案内された花見のスペースに腰掛け、エブラーナの地酒を飲んだ。

「んー…このお酒、なかなかキツイわね。」
「ビールよりもずっと強いですよ。うちの主人たらよく飲み過ぎてしまうもので…。」
「ふふ、そうなのね。」

リディアが大人達と会話していると、後ろの方から騒がしい声がしてきた。


「さぁお館様、始めますぞ~!」
「おぅ!かかってこい!」


エブラーナの男性達がエッジの周りに集まり、酒の飲み比べを始めたのだ。

次々に地酒を飲み干していくエッジ。
いい飲みっぷりに、国民達から歓声が上がる。


「わぁ~、お館様すごーい!」
「僕も大人になったらああやって飲みたいなぁ。」


子供達も楽しそうにその光景を眺める。

「もう、エッジったら…。」

リディアはエッジが久しぶりに酒を飲む姿を見て、少し心配そうに眺めていた。


飲み比べに勝利したエッジは、得意げな顔。

「はっはっはっ、やっぱり俺が1番だな!」

「はぁ…お館様、参りました。」
「もう無理だ…ううっ…。」
「いやぁ、私らオッサン組はもうかないませんなぁ。お館様、次は若い衆と勝負ですぞ!」
「お、いいねぇ!そいつら呼んでこい!」


お酒が入って上機嫌なエッジは、若い男性達とも飲み比べを始めた。

心配そうな表情のリディアに、子供達が話しかけてきた。

「ねぇねぇ、リディア様はお館様とすごく仲良しだよね!」
「ふふ、そうね。」

「喧嘩とかするの?うちのパパとママ、よく喧嘩するんだ~。」
「これ!そんな事を聞いてはいけませんよ!」

子供らしい質問に、リディアは思わず笑い出す。

「ふふふ…いいのよ、気にしないで。」
「はぁ…。」

子供の母親は恐縮した様子でリディアに軽く頭を下げる。

「そうねぇ、エッジと喧嘩するわよ。」
「そうなの?何で?」
「うーん、エッジが私のおやつのお饅頭食べちゃったり、お仕事で使おうと思ってたペンを持っていかれちゃったり、色々ね。」

「へぇ、そうなんだぁ。」
「リディア様はお館様に怒るの?」
「うん、怒るわよ。」


「じゃあどうやって仲直りするの?」

新たな質問に、少し頬を赤らめるリディア。

「喧嘩したらね、いつもエッジの方から『リディアすまねぇ、俺が悪かった』って言って謝ってくるのよ。」

「お館様が謝るの?」
「なんかいつも家老さんに怒られても適当に返事してるのにね。」

「そんな失礼な事を言うんじゃありません!…すいません、リディア様。」
「うふふ、小さい子はよく見てるわね。」

リディアは笑わずにはいられなかった。するとそこへエッジがやって来た。

「リディア~。」
「あら、エッジ。」

エッジがリディアの隣に座ると、子供達が彼に飛び付く。

「お館様ー!」
「ねぇねぇ、お酒の試合勝ったの?」
「おぉ、勝ったぞ!いっぱい酒飲んだぜ。」
「すごいねー!僕が大人になったら、お館様と勝負したいなぁ。」
「お、そうか。そりゃ楽しみだなぁ。」
「うん!僕頑張るよ!」

笑顔で子供達の頭を撫でてやり、会話するエッジ。リディアはこういう夫の姿を見ると、自然と笑顔になれる。堅苦しい事を嫌い、国王だからと傲慢な態度をとらない彼の姿勢は、妻として誇れるものだった。




「お館様、さっきね、リディア様がお館様と喧嘩するって言ってたのよ!」
「…へっ?」

無邪気な子供の発言に、リディアはドキリとする。

「…リディアは何を言ってたんだ?」

軽く引きつった表情でエッジが子供達に尋ねると、彼らはニヤニヤし出した。

「んとね、喧嘩してもお館様が謝ってくるから仲直りしてるって言ってたよ!」
「そうそう!」


口々に話す子供達を見て、エッジは深く頷いた。


「そうだぞ、俺はいつもリディアが怒ると頭を下げてるんだ。そうしねぇとこいつは許してくれねぇからな。」


それを聞いたリディアはムッとした。


「許すも何も、いつもエッジが悪いんじゃない。謝って当然よ!」

上から目線のリディアの一言に、エッジも負けじと言い返す。

「何だよ、お前が絶対謝らねぇから俺が謝るしかねぇんじゃねぇか。」
「私そんな鬼嫁じゃないもん!」
「鬼嫁だなんて言ってねぇよ。俺みたいに素直に謝る旦那は貴重なんだぞ?大事にしろよ?」
「何よその自分があたかも立派な人間みたいな言い方!」


エッジとリディアは民達の前でぎゃあぎゃあと喧嘩を始めるが、2人の全く敵意を感じない言い合いに、周りの大人達は微笑ましそうにクスクスと笑っていた。


しばらく喧嘩した後、エッジはふーと息をついた。


「あぁ、リディア…。分かった、俺が悪かったよ。すまねぇ。」
「もう…。」

喧嘩を終えた2人。周りの者達がクスクスと笑っているのに気付き、恥ずかしくなる国王夫妻。

「やっぱりお館様とリディア様は仲良しだね!」
「うん、リディア様の言った通り、お館様が謝るんだね!」


子供達にきゃっきゃと冷やかされ、エッジとリディアは見つめ合い、頬を赤らめた。


「ねぇ、お館様は家老さんに怒られてもあんまり謝らないのに、どうしてリディア様には謝るのー?」


子供というのは正直な上によく見ていると思わされる質問に、エッジは苦笑した。

「こらっ!何て失礼なことを…お館様、どうぞお許しを…。」

必死に詫びる両親だが、エッジはそんな事で怒ったりするような、器の小さい王ではない。

「ははは、こりゃ難しい質問だな。」

頭を掻きながら答えに困るエッジ。しばし何か考えた後、リディアをちらりと見る。


「それはな…。」


リディアはエッジがどう答えるのかと思っていると、ひゅうっと夜風が吹き、咲き誇る八重桜のピンクの花びらを揺らす。





「…俺は、リディアのことを愛してるからだぞ。」







リディアの頬が、たちまち真っ赤に染まった。




「きゃー!あいしてるだって!」
「かっこいー!」
「お館様、リディア様のことあいしてるんだー!」

「あ、リディア様の顔が真っ赤だよ!」
「えっ?そ、そうかしら?」

子供達に冷やかされ、うろたえてしまうリディア。



エッジの方を見ると、ひらひらと数枚の八重桜の花びらが散る中、彼はリディアを見つめて微笑んでいた。


「本当にもう…お館様、リディア様、度重なる御無礼をお許しくださいませ。」

子供達の親達が頭を下げる。

「あぁいいんだよ、気にすんな。なぁ、リディア?」
「あ、うん。エッジの言う通りよ、気にしないで。」







2人はその後もエブラーナの民達と共に花見と会話を楽しみ、春の夜を満喫した。







その帰り道。



「はぁ~、やっぱり花見はいいなぁ。酒は美味いし、皆と喋れて楽しいぜ。」
「もう…だいぶお酒飲んでたけど大丈夫なの?」
「大丈夫だって。あの程度ならまだモンスター達とも戦えるぜ?」



出会った頃と変わらない自信家ぶり。あれから10数年の時が経っても、エッジはエッジなのだと思うリディア。


「リディアは楽しめたか?」
「あ、うん。楽しかったよ、八重桜すごくきれいだったし、皆親切だしね。」
「そうか、そりゃ良かった。」

リディアの答えを聞いて、微笑むエッジ。

(あ…さっきと同じ笑顔。)


リディアは何となく恥ずかしくなり、エッジの腕にぴったりとくっつき、彼から視線をそらした。

「お、何だよ?…そんなに俺とくっついてたいのか?」

ニヤニヤしながらリディアを見るエッジ。リディアは答えに詰まる。

「…だって、エッジがあんなこと言うから…。」
「あんなことって?」



「…その、私のことを愛してるって…。」

エッジはニタリと笑った。

「何だ、もっと言って欲しいのか?」
「ち、違うもん!…あんな事皆の前で言うなんて恥ずかしいじゃない!」


リディアを見て、エッジは少しばかり黙ってしまった。



「恥ずかしいか?」
「恥ずかしいよ…。」


「…いいじゃねぇか、本当のことなんだし。」


リディアは頬を真っ赤に染めて、その場に立ち止まった。

「リディア?」


リディアは真っ赤になった頬に自分の手を当てて、下を向いていた。


エッジは彼女のあまりに初々しい反応に、くっと笑った。

「ったく、お前は可愛いなぁ。そんな事したらここで襲っちゃうぞ?」
「もう、バカ。」

ぷいっと顔を背けるリディア。本人は怒っているつもりだが、その姿はエッジのお気に入りで、むしろ逆効果であることを全く分かっていないのだ。



「…エッジ?」

エッジの温かい手が、リディアの肩を抱き寄せた。

「リディア、愛してるぞ。」

月の光の下で、優しい表情でリディアを見つめ、愛の言葉を贈るエッジ。


自分の心臓がドキドキと動き出したのを感じるリディア。


「…うん。私もよ…。」


そう言って、思わずエッジの胸に顔を埋めるリディア。

「へへ、可愛いなぁ…。」
「恥ずかしいんだもん…。」


エッジはリディアの柔らかな緑の髪を優しく撫でた。

「リディア…来年も桜見に行こうな?」
「…うん。」


リディアがエッジの胸から顔を離し、彼の顔を見上げると、彼の手が、そっと彼女の頬を包み込む。エッジはすっと口布を下ろし、リディアに顔を近付けていく。


「リディア…。」


「エッジ…。」





春の夜風が草木を揺らし、さわさわと音をたてた。


エブラーナ城へと続く道で、柔らかな月の光に照らされた愛し合う2人の影は、夜風にゆるりと吹かれながら、ゆっくりと重なった…。


―完―
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