2014
05.31

「Rose Garden」

季節ものエジリディSS第2弾です☆ちょっと今月は書くの無理かな~と思いましたけど、何とか出来上がりました!では、どうぞ(^^)





「Rose Garden」





エブラーナの季節は今、春から初夏へと変わりつつある。大陸にはない梅雨という季節を前に気温は高くなり、湿度も上がりつつあった。


「ふー、暑いわねぇ…。」


エブラーナ王妃リディアは、生まれ育った大陸とは全く違う気候の変化に戸惑いながら暮らしていた。夏に気温が高くなるのはミストでも同じだったが、湿気はそこまで高くなかったため蒸し暑さを感じることはほとんどなかったのだ。



夫のエッジは今朝早くから仕事で城を留守にしており、リディアは昼食後も執務室で1人事務仕事に勤しんでいた。


「エッジ…今日は何時に帰ってくるのかな。」


ここ最近はエッジが城を留守にする公務と深夜までの内政業務に追われ、2人で過ごせる時間があまりなかった。しかし国王という立場に置かれている彼に、もっと一緒にいたいなどと言えばわがまま以外の何でもない。リディアは自分の気持ちを抑えながらエブラーナ城の留守を守っていた。



(ちょっと休憩しようかな…。)



仕事がひと段落したところで、お茶でも淹れようと椅子から立ち上がると、部屋のドアがノックされた。


「はぁい。」
「奥方様、失礼いたします!」



入ってきたのはエブラーナ四人衆のゲッコウ、ザンゲツ、イザヨイ、ツキノワだった。


「あら、皆揃ってどうかしたの?」
「奥方様、お仕事中恐縮なのですが、少しばかりお時間いただけませぬか?」
「??えぇ、いいけど…。」


ゲッコウの問いかけにキョトンとするリディア。

「実は少々御足労いただきたいので、ご準備いただけますか?」
「あ、うん。」

「では城の出口でお待ちしておりますゆえ、準備が整いましたらお越し下さいませ。」


何やらニコニコとしている4人を見てリディアは不思議に思うが、別に変な場所へと連れて行かれるわけではなさそうである。

「分かったわ。じゃあちょっと待っててくれるかしら?」
「ははっ!では後ほど…。」


四人衆は一瞬にしてリディアの前から消えた。


「…?何かしら…。」








そして…






「奥方様、お待ちしておりました。」

城の出口で四人衆が跪き、主君の妻を迎えた。


「ごめんね、お待たせ。…ところでどこに行くの?」
「それは着いてからのお楽しみにございます。どうか我らについてきて下さいませ。」

ザンゲツが笑顔で答える。

「ふーん…?」
「では参りましょう。」



笑顔の四人衆と共に、リディアは城を出て歩き始めた。




歩いて数分ほどすると、まだ夏ではないというのに、この気候に慣れていないリディアの身体からは湿気のせいで不快な汗が出てくる。持ってきた小さなタオルで汗を拭きながら四人についていく。


(どこに行くのかしら…?)





歩いていると、エブラーナ国立公園が見えてきた。初夏を間近に控え、生い茂る新緑がリディア達を迎えた。


道中はただ不快だった湿気も、こうやって緑に囲まれるとひんやりと快適に感じられる。山と林に囲まれた故郷のミストを彷彿とさせるその澄んだ空気に、リディアの気分は晴れていった。



公園の中に進んで行くと、そこには何種類ものバラが咲いていた。


「わぁ…綺麗!!」
「お気に召しましたか?」
「えぇ!」

ツキノワの問いに、笑顔で答えるリディア。

「奥方様、バラ園の入り口はあちらでございます。」
「あ、そうなのね。」

イザヨイに促され、リディアが入り口へと歩いて行くと…






「王妃様、お待ちしておりました。ここから先は某がご一緒いたしまする。」



跪き、エブラーナ言葉でリディアを迎えたのは…




「…エッジ!!」

リディアの顔を見上げ、二カッと笑う夫。立ち上がると、リディアの手をそっと握った。


「エッジ…仕事は?」
「ん?もう終わったぞ。」
「そ、そうなの?」
「おぅ。お前ら、ご苦労だった。城に戻ってくれていいぞ。」
「ははっ!」


任務を終えた四人衆は、素早く姿を消した。

「あ…。」


エッジが四人衆と計画したサプライズデートだということに気付き、リディアはエッジを見つめる。

「…そういうことだったのね。」
「そういうこと!最近お前と過ごす時間がなかったからな。」


嬉しそうに自分の顔を覗き込む夫を見て、リディアの表情は糸が切れたかのように緩み、思わず彼に抱きつく。


「おおぉ、何だよ~?」
「エッジ…!ずっと一緒に過ごせなくて淋しかったの…。」


彼の立場を思って淋しいとは口にできず、ずっと抑えてきたリディアの気持ちが溢れてくる。エッジの胸に顔を埋めると、彼の鍛え上げられた腕が優しくリディアを抱きしめた。

「俺も…淋しかったぜ?」
「本当?」
「あぁ。間違いなくお前よりも俺の方が淋しかったけどな?」

「もう…バカ。」

頬を紅潮させ、潤んだ瞳でエッジの顔を見上げる。

「…そんな可愛い顔で見つめんなよ。」
「うふふ。」



照れ臭そうなエッジをじっと見つめ、笑みをこぼすリディア。エッジも自分と同じ気持ちだったのを知り、こうして一緒に過ごせる嬉しさがふつふつとこみ上げてくる。


「じゃあリディア、中に入るぞ?」
「うん!」


2人が手を繋いでバラ園へと入ると、そこへバラ園の管理人がやってきた。愛想の良さそうな、ロバートという小太りな中年の男性である。


「これはこれはお館様に奥方様!ようこそいらっしゃいました。」
「今年も綺麗に咲いてるじゃねぇか。ロバートの手入れの成果だな。」
「いえいえ、お館様には何かと目にかけていただいて…。」
「リディア、俺達の結婚式場に飾ってあったバラはここで生育されたやつなんだぜ。」
「そうなのね!あのバラ、すごく綺麗だったわ。ありがとうね。」



2人の結婚式場にふんだんに飾られていた美しい紅白のバラ。幸せいっぱいの記念日のことが思い起こされ、リディアはうっとりとする。


「お2人の幸せのお手伝いができて何よりでしたよ。あの時期はちょうど秋バラの季節でしたからなぁ。」


ほぼ年中手に入る大陸産のバラと違い、四季がはっきりしているエブラーナでは、バラの開花時期が限られているのだ。


「ちょっと時期がズレてたら、あんなに華やかにはできなかったからなぁ。俺はちゃ~んと考えて結婚式の日取り決めたんだぜ?」

ドヤ顔でリディアを見つめるエッジ。

「何よぉ、恩着せがましいわねぇ。」

そう言いつつも満面の笑みのリディアは、エッジの腕にぴったりとくっつく。

「さぁさぁ、どうぞ春のバラをお楽しみくださいませ!ちょうど見頃ですし、今日はいい天気ですからな。」
「おぅ、ありがとな。…そうだリディア、これはお前にだ。」


エッジは懐からサーモンピンク色の1輪のバラを出し、リディアの手に握らせた。

「わぁ、きれい…ありがとうエッジ!」


それを見ていたロバートがにっこりと笑う。

「奥方様、バラにはそれぞれ花言葉があるんですが、本数によっても花言葉が違うのですよ。」
「そうなの?知らなかったわ。…1本は何か花言葉があるの?」
「はい、ございますよ。」

エッジは何やら恥ずかしそうに頷いている。

「どんな花言葉?」

「それはですね…」

ロバートがエッジに目配せすると…




「…『一目惚れ』だよ。」




恥ずかしそうなエッジの言葉にリディアの鼓動は速まり、頬はみるみる薔薇色に染まる。





「もうっ…やだぁエッジ…!」


もらったバラをキュッと握りしめて何をどう言えばいいのか分からないリディア。自分を見つめるエッジと目を合わせられず、顔を背けた。


「はっはっは!お館様の一本勝ちですな!」
「ん、そうみてぇだな。」

エッジは笑顔でそう言って、リディアの手をそっと繋ぐ。自分より少し高めの体温をたたえる優しい手の感触に、ますますリディアの鼓動は速くなった。




「さて!リディア、行こうか。」



照れ臭さを振り切ろうとするかのようなエッジの一言で、2人は歩き出した。





ロバートに見送られ、バラの蔓でできたアーチをくぐった2人。華やかで気品のある香りに包まれるそこには湿気でしっとりとした空気の中、紅白のものからピンク、黄色、オレンジ、紫など、色とりどりのバラが瑞々しく咲いていた。同じ色でも淡色や濃色、グラデーションになっているものや花びらの淵だけが濃い色だったり、一株から異なった色のバラが咲いているものもあり、リディアはその多彩な美しさにため息を漏らす。


「すごいね、色んな種類があるんだね…。」
「だろ?ロバートが色々と交配して、新しい色や柄のバラを生育してんだ。昔は紅白しかなかったんだけど、月の大戦でこのバラ園も被害受けちまって、それを機に大陸産のもんと差をつけたいからって言って、色んなバラを作り始めたんだ。ほら、そこにある紫っぽいバラなんか大陸ではあんまり見かけねぇだろ?」


月の大戦後、復興で国の財政が逼迫する中、エッジはロバートの情熱を汲み、僅かであったが彼に資金を融通していたのだ。


「そうなんだ…。だからあの管理人さん、エッジに頭が上がらないのね。」
「ははは、あいつのバラが世界中で売れてるおかげで今はばっちり税金払ってもらってるからな。寧ろ俺の方が頭上がらねぇよ。」


情に厚いエッジのおかげで、こうして助かっている人がいる。それを間近で見てリディアの心は高鳴り、ただ感銘を受けるばかりだった。


「エッジってば本当に…」
「あ?」
「…ううん、何でもない!」
「何だよ、言えよ~。」
「うふふ、言わない!」




(すごいね、なんて言ったら調子乗るだろうしね…ふふ。)







「あれっ、このバラ…。」

しばらくバラを見ていたリディアの目に止まった幾重もの真紅の花びらをたたえる大ぶりのバラのネームプレートには…



『クイーン・ローザ』



「これって…あのローザ?」
「おぅ。セシルとローザがバロンの王と王妃になった後、ボロボロだったうちの国に来て復興支援してくれてよ。それがきっかけでこのバラ園が軌道に乗ったんだ。んで大戦後に初めてできた新種のバラがこれで、支援の感謝の気持ちを込めてクイーン・ローザって名前をつけたんだ。いつだったか、あいつらの結婚記念日の祝いに送ってやったんだぜ。」

「へぇ~、そうなんだぁ。すごく豪華だし、ローザにぴったりねぇ。」
「だろ?あいつほど紅いバラが似合う女もそういねぇしなぁ。何せバロン屈指の美女だもんな。あんないい女をつかまえたセシルは本当幸せもんだぜ。」

「ん…そうだね。」


珍しく笑顔で自分以外の女性を褒めるエッジ。相手は気心知れたローザだというのに、リディアの心は何となくささくれ立ち、表情が曇る。


「ん、リディアどうした?」
「…何でもない。」



リディアの様子を見て、何やらエッジはニヤニヤしている。

「何よぉ。」

「そうだなぁ…お前に似合いそうなのは…」

怪訝な顔をするリディアを尻目に、エッジはキョロキョロと周りを見渡した。


「お、あれだ!」

リディアがどのバラかと思いながら少しドキドキしていると、エッジは近くのバラの蔓に手を伸ばし…



「ほら、お前にピッタリの色だぜ?」


エッジの手には、バラの蔓にへばりついていた青虫。



「なっ…!!!どういう意味よっ!!」
「いやぁ、これなら緑だし、お前の髪と目の色と合うじゃねぇか。」
「ひどーい!!エッジのバカッ!!」


ゲラゲラ笑うエッジに、ポカッとリディアの華奢な拳が振り落とされた。




戦友のローザは大きな真紅のバラが似合うと言われてるのに自分は青虫だなんて、悔しいのか何なのか分からない感情が湧いてくるリディア。さっきまでの嬉しい気持ちが徐々に消失し、苛立ってくる。



(せっかくのデートなんだし、こんなにイライラしちゃいけないよね…。)


自分はエッジの妻。彼がどんなに他の女性を褒めようとからかわれようと堂々としていなければ、と思い直すリディア。しかし…



「…!これは…。」





『イザヨイバラ』



ローザに続いて、イザヨイの名が付いたバラを見つけたリディア。その色は妖艶な女性をイメージさせる青みがかった濃厚なピンク。まさにイザヨイにぴったりなバラである。


「エッジ、このバラ…」
「ん?おぉ、イザヨイバラじゃねぇか。」
「…何でイザヨイの名前が付いてるの?」
「そりゃこのバラがあいつにぴったりだからだよ。イザヨイの奴、すげぇ美人で色気があるし。ロバートもイザヨイの大ファンだからな~。」


今度は部下を女性として褒めちぎるエッジ。身近な女性が2人もバラの名前になっていることを知り、しかもエッジが名付けたようなニュアンスに、モヤモヤとした感情が湧いてくるリディア。


「…そうね、イザヨイにぴったりなきれいなバラね。」



エッジに同意するリディア。しかし声のトーンが低く、エッジが異変に気付く。


「何だよ、どうした?」
「…別に。」



その後色んなバラを観賞したが、リディアの表情はあまり晴れなかった。



ローザは美しい真紅のバラ
イザヨイは妖艶な濃いピンクのバラ


自分は青虫



これらの事がリディアの頭をグルグルと回り続け、イライラするばかりだった。




「なぁリディア、もう少し行ったところにロバートの作業場があって、そこで休憩できる喫茶スペースがあるんだ。そこで茶でも飲もうぜ?」
「うん…。」


エッジが笑顔で話しかけるが、リディアはバラを見たまま彼とは目を合わせなかった。



「なぁ、何怒ってんだよ。」
「…。」


リディアはエッジにもらったバラをぎゅっと握る。一目惚れって言われて嬉しかった気持ちも、もう何処かに行ってしまった。


「…とにかくあっち行こうぜ。」


何も答えないリディアの手を引き、喫茶スペースへと向かうエッジ。







「おーいロバート、茶でも飲ませてくれねぇか?」
「はい、すぐにご用意いたします!」


喫茶スペースにあるテーブルにつくと、ロバートがポットと2人分のティーカップとケーキを持って来た。


「奥方様、こちらは私の特製ローズティーでございます。いい香りがしますよ。」

リディアのティーカップに注がれた赤いハーブティーからは、バラの香りが漂ってきた。


「わぁ、いい香り!」
「ちょうど3時を回った頃ですので、ケーキもどうぞ。」
「ありがとう、美味しそうね。」


リディアはロバートに笑顔で礼を言った後、向かい合うエッジの顔を見ずにケーキを食べ始めた。


「リディア、見てみろよ。ここからバラ園全部見渡せるんだぜ。」
「…そうね。」


素っ気ない返事をし、ハーブティーを啜るリディア。


「いつもは緑茶だけどよ、たまには大陸風なもん飲みてぇだろ?」
「…うん。」


笑顔で話しかけてもツンケンとする妻に、エッジはムッとする。


「お前さっきから何でそんなに機嫌悪いんだよ?」
「…別に悪くないわよ。」


再びケーキを食べるリディア。そこにロバートが現れ…


「お館様、奥方様、バラはいかがでございましたか?」
「おぅ、すげぇ見応えあったぜ。クイーン・ローザはきれいだし、あのイザヨイバラ、名前の通り濃いピンクがなかなかの色気を醸し出してるじゃねぇか。」
「さすがお館様!分かっていただけましたか。イザヨイ殿のお色気をイメージできる色でしょう?」
「あぁ。あいつのこう…ムチムチとした感じが浮かんでくるというか…ぐふふふふ。」



エッジの手を見ると、何かを握りたそうないやらしい指の動き。リディアはそれに嫌悪感を覚えて目を向けていられず、ケーキを口に含んだまま俯いた。すると…



「お館様、前に言っていた新しいバラができたのでお持ちいたします!なかなかの出来ですぞ。」
「お、そうか。なら見せてくれや!」



そう言ってロバートが持ってきたのは、5種類の鉢植えのバラだった。

「さぁさぁ奥方様もご覧下さいませ!どれもお2人がよくご存知の名前ばかりですよ。」
「え…?」


リディアが顔を上げると、エッジが淡いピンク色のバラの鉢を手に取る。

「これは『レディ・ポロム』。あの子の可愛いピンクの髪に似てるだろ?大きくなって、すっかり美人になったもんな~。」
「…そうね。可愛いわね。」

「んで次が『レオノーラ・イエロー』。赤ほどは目立たねぇけど、可憐な感じがレオノーラらしいだろ?」

明るい黄色のそのバラは、まさしく可憐なレオノーラをイメージさせる。

「こっちが『チアフル・ルカ』だ。王女だけど、シドの弟子として直向きに頑張ってるあいつには、元気なオレンジがぴったりだよな。」
「…うん、今もシドと一緒に頑張ってるもんね。」

「ほいでこれが『インテリジェント・ハル』。出しゃばらずに知性でギルの奴を支えるハルっぽく、控えめな感じがいいだろ?」

薄紫色をしたそのバラは、一歩下がって主君のギルバートを引き立たせるハルの淑やかな振る舞いを彷彿とさせる。

「最後が『プリンセス・アーシュラ』。まだまだ若いけど、大成しそうなあの子には真っ赤なバラがぴったりだよな。可愛い上に武術のセンスもあるしよ。」

小ぶりで明るい赤のそのバラは、真月の戦いにおいて父であるヤンを師とし、強さと優しさを身に付けていったアーシュラによく似合いそうだった。

「…ヤンもこのバラ、気に入るでしょうね。」



次々と出てくる戦友の女性の名をとった美しいバラを前に、リディアの中ではモヤモヤとした気持ちがどんどん膨らんでいく。今まであまり感じたことのないこの感情をどうすれば良いのか分からないリディアはただ俯いていた。


「いやぁ、お館様の戦友の女性達はどの方もお美しくて、バラの名前にするにはぴったりですな!」
「だろ?若いのから子持ちまで色々だけど、全員女としての魅力たっぷりだからな~。」


卑猥な男同士のお喋りに、夫の口から次々に出てくる他の女性の話題。さっきから苛立っていたリディアはもう耐えられなかった。


「…エッジ、私帰る。」
「え?」
「もう帰る!」

「な、何だよ…。」

その場を去ろうとするリディアを宥めようと、エッジは彼女の腕を掴む。


「離してよっ!」
「お前何をそんなに怒ってんだよ?」


自分が怒っている理由を全く自覚していない夫に、ますます怒りがこみ上げてくる。俯いて唇をぐっと結び、華奢な拳に力がこもる。そして次第にその翡翠色の瞳からは涙がこぼれてきた。


(せっかくのデートなのに、どうしてこんな思いしなきゃなんないの…。)





「…何だよ、何が気に入らねぇんだよ?」


何も分かっていない夫に、リディアの怒りは爆発した。



「さっきから何なのよ!!ローザやイザヨイや他の皆はバラみたいにきれいだって言ってるのに私は青虫だなんてっ!!」
「そんな事で怒ってんのかよ?しょうもねぇ奴だなぁ。」


軽く笑うエッジに、リディアは惨めな気分になって拳がガクガク震え出し…





「それに、皆の名前が付いたバラがあるのに、どうして私の名前のバラはないのよ!?」






エッジとロバートがポカンとした顔でこちらを見ているのに気付き、リディアはハッとして口を覆う。




エッジにぞんざいに扱われたショックとモヤモヤする感情に駆られ、大人げないわがまま発言をしてしまった。これでは友達が持っているおもちゃを自分も買って欲しいと駄々をこねる幼い子供と同じである。



その場でわなわなと震えていると、エッジが呆れた表情でため息をつく。


「…悪かったな、気が利かなくて。けど俺はそんなこと考えられるほど暇じゃねぇからな。」


低い声で発されたエッジの言葉で、リディアは寒気がし、一気に血の気が引くような思いをした。夫は国王で大変な立場にいる中、こうして自分との時間を作ってくれているというのに。




「…帰るんだろ?出口はあっちだぜ。」


詫びようとしたリディアだったが、寛大な彼でも許容できないわがままを言ってしまったようである。


「道が分かんねぇなら、ロバートに連れてってもらったらいいじゃねぇか。」



もうこの場にはいられない。いたたまれなくなったリディアは出口に向かって歩き出した。










「うっ、うっ…。」


せっかくのデートが台無しになり、リディアはぐずりながら出口への道を歩いていた。


エッジがあんなに無神経だったなんて。しかもイザヨイの身体に触りたそうな彼の言動に自分以外の女性の名をとったバラ。今まで自分を1番に考えてくれていると思っていたのに。


「うっ…うわぁぁぁん…!」


その場に座り込み、嗚咽を漏らす。とめどなく流れてくる涙は、持っている小さなタオルをあっという間に濡らした。







こうして泣いていたら、いつもあなたは優しく抱きしめに来てくれたのに―――



私のそばにいてくれたのに




どうしてなの?




私が甘え過ぎたから、愛想尽かしちゃったの?




エッジ…!!
















「はぁ…。」


一頻り涙を流し、落ち着きを取り戻してきたリディアは出口に向かおうと立ち上がる。


(エブラーナ城への道、分かんないや…どうしよう。)


行きは四人衆が連れてきてくれたため、どこをどう来たのか思い出せないリディア。ロバートに頼むしかないと思っていると、何やらいい香りがしてきた。




「あれ、このバラは…。」



自分の周りをよく見ると、見覚えのあるサーモンピンクのバラが1面に咲いていた。


「エッジがくれたバラだわ…。」


さっきのいざこざで、もらったバラは喫茶スペースに忘れてきてしまったが、可愛い色だったのでリディアの記憶に残っている。新種のバラなのだろうか?気軽に見れるようになっていた他のバラと違い、大事そうに柵で囲われており、かなりの数が咲き誇っている。


「奥方様!!」



リディアの元にロバートがやってきた。

「ロバート!…さっきはごめんなさい。見苦しかったでしょう?」
「いやいや!私の方こそお耳に障ることを申し上げてしまいまして申し訳ございません!」

「ううん!私がついカッとなっちゃって…。」

そう言った後、ロバートは何やらニッコリとする。


「奥方様、こちらのバラはお気に召しましたか?」
「あ、えぇ…。すごく可愛い色ね。」
「それはそれは!お気に召したようで何よりです!」


満面の笑みのロバートを見ていると、リディアにも笑顔が戻ってきた。


「このバラは最近やっと出来上がった新種でしてね、ようやくお見せできるようになったんですよ。」
「そうなのね…。何ていうバラなの?」


ロバートはまたしても満面の笑みを浮かべる。

「奥方様、それは名付け親のお館様に聞いてみて下さいませ。」
「えっ…?」


さっきあんなに険悪な雰囲気だったのに、そんなことを聞けるものかとリディアが俯いていると…



「リディア。」


リディアが振り向くと、そこには笑みを浮かべるエッジがいた。

「あ、エッジ…。」


リディアは気まずくて、エッジの顔を直視できない。


「ほれ、忘れもんだ。ったく、せっかく俺がプレゼントしたんだから大事に持っとけよ?」


テーブルに忘れてきたバラをリディアの手に持たせ、俯くリディアをそっと抱き寄せたエッジに、ロバートはニッコリと笑う。


「お館様、奥方様にこのバラの名前を…。」
「おぅ。…リディア、このバラ気に入ったか?」


俯いたまま小さく頷くリディア。

「そうか、よかった。このバラの名前はな…」
















「『スウィート・リディア』っていうんだ。」













驚いて顔を上げたリディアが見たのは、とっても優しい笑顔のエッジ。






リディアの唇に、そっと重なるエッジの唇。




「エ、エッジ…!やだぁ…。」



もう嬉しいのか恥ずかしいのか分からないリディアは胸の前で両手をキュッと握り、ひたすらもじもじとする。


「へへ~、びっくりしたか?」
「…うん。」
「ロバート、ありがとな。」
「いえいえ、こちらこそ予定よりもかなり時間がかかってしまいまして…。」


2人の会話を聞いて不思議そうな顔をするリディアに、ロバートが説明し始めた。


「以前からお館様は奥方様のためにバラを作って欲しいと仰ってましてね。本当はご婚礼の日までに用意することになっていたんですが、予想以上にこの色を出すのに難航してしまい今になった…というわけです。他のバラと違って、こちらのスウィート・リディアはピンクとオレンジの絶妙なバランスが必要ですからなぁ。」

「そういうこと!簡単に作れるような色じゃ、そこらのバラと差がつかねぇもんな。」


話を聞いたリディアは、胸が熱くなってくるのを感じていた。

「じゃあ、さっきあんな事を言ったのは…」
「もちろん、お前をびっくりさせるためだぜ?普通に見せたんじゃ面白くねぇだろ?」

ニヤニヤと笑うエッジを見て、リディアの翡翠色の瞳が潤みだした。


「本当にお館様はお人が悪いですなぁ~。奥方様を驚かせたいからとわざと怒らせるなんて。今朝の打ち合わせの時に普通にデートなさったらどうですかって言ったんですがねぇ。」

「えっ?」
「だっ…ロバート!余計な事言うんじゃねぇ!」


相変わらず情報管理の甘いエブラーナ国王である。



「エッジ…今日仕事じゃなかったの!?」
「…。」

エッジの頬は真っ赤だった。


「お館様は今朝からここに来て、私と四人衆と一緒に、奥方様とのサプライズデートの準備をなさってたんですよ!」
「ロバート!余計な事言うなっつっただろーが!」

「はっはっは、これは失礼!では私はこれにて…。」


笑顔で作業場へと戻っていくロバートを見届けた2人は顔を見合わせる。


「エッジ…。」
「ん?」
「私をわざと怒らせて、って言ってたけど、その…ローザがすごく美人だとか、イザヨイの身体が色っぽいとか言ってたのは…あの…。」


「ぜーんぶ、演技だぞ?」


キッパリと言い切られたエッジの言葉で、リディアはもやもやした気持ちがスッと晴れていくのを感じた。

「けど…バラの名前はエッジが付けたのよね?」
「いや、あれはロバートが付けたんだ。俺が名付けたのはスウィート・リディアだけだぞ。」
「…そうなの?」
「おぅ。大体何で俺がいちいち新種のバラに名前付けなきゃなんねーんだよ。お前を怒らせるためにバラの名前覚えて、ローザ達へのおべんちゃら考えるの大変だったぜ。」



腕を組みながら誤解に苦笑するエッジに、リディアの表情は緩む。それを見たエッジはニヤニヤと笑いだし…




「いやぁ、お前があんなにヤキモチ妬いてくれるとはなぁ~。すげぇ嬉しいぞ。見事に俺の演技に嵌ってたから、思わずポカンとしちまったぜ。」
「へ…?」


エッジが他の女性の話題を口にしたことに苛立ってしまったということは…


「お前は、それだけ俺のことが大好きってことだよな?」


ルンルン気分でリディアの手を握り、彼女を見つめるエッジ。するとさっきまで険悪だった夫の笑顔にホッとしたリディアの翡翠色の瞳からは、ポロポロと涙がこぼれ出す。


「エッジ…!!」


自分の名が付いたバラを握りしめたまま、リディアはエッジに抱きついた。

「おぉよしよし、可愛いやつだなぁ~。…俺が他の女の話なんてしたから不安になっちゃったか?」


エッジはぐずりながら頷くリディアの髪を優しく撫でる。

「あんな気持ちになるの…もういやぁっ!」
「ん…そうか、ごめんなリディア。」
「エッジのバカぁっ…!」
「すまねぇ、リディア。…俺はお前のことしか見てねぇからな?」


この10数年の間1度も抱かなかった、嫉妬という感情。それを感じるのがこんなに苦しいなんて。エッジへの想いがどんどんこみ上げ、ひたすら彼にしがみつく。




ちゅっ。


「今のはごめんねのチューだぞ?」
「…。」


頬にキスされ、何やら言いたげな表情のリディア。

「ん、ごめんねのチューじゃ足りねぇのか?ならちょっと待ってろ。」


そう言ってエッジが持ってきたのは、スウィート・リディアの花束だった。


「ほれ、これで機嫌直せよ。」
「…うん。」


ふとロバートの言葉を思い出したリディアが本数を数えると、そこには10本のスウィート・リディア。


「10本って…何か花言葉あるの?」
「んー、10本は知らねえけどよ、11本なら花言葉があるぜ?」





11本。





リディアはエッジにもらっていた1本のスウィート・リディアを花束と合わせた。

「…これで11本あるわ。どんな花言葉なの?」
「あー…それはだなぁ…。」



何やら言いにくそうにしているエッジの口から出た花言葉は…









「『最愛』だよ。」












リディアの頬が薔薇色に染まる。

エッジの頬も薔薇色に染まる。







初夏の湿気を含んだ風が、ふっと吹く。





じっと見つめ合う2人。







エッジの手が、ゆっくりとリディアの背中に伸びた。





その手がリディアを抱き寄せると同時に、リディアは自分から身体をエッジに預ける。







強く強く、抱き合う2人。






蒸し蒸しする気候の中、2人の手も身体も汗ばんでいたけれど、そんなことはもうどうでもいい。








何の言葉もなく、ただ愛する人を自らの腕でしっかりと抱きしめる。






息遣い

体温

鼓動

匂い








全部全部、大好き










抱き合ってどれほど過ぎた頃か、ようやく2人は顔を合わせる。


「ふふふ、エッジ汗びっしょりじゃない。」
「へへへ、リディア…お前こそ汗だくだぞ。」




再び抱き合うエッジとリディア。口づけする2人の汗と体温が溶け合っていく。











「なぁ、リディア…。」
「ん?」


「ここに咲いてるスウィート・リディアはよ、999本あるんだ。」
「うん。」

「999本のバラにも、花言葉があるんだ。」
「そうなんだ。どんな言葉?」



「知りたいか?」
「うん。」




エッジはリディアに、花言葉を耳打ちする。






「…!!もうっ、エッジ…!」
「何だよ~、せっかく言ってやったのに。」



2人の頬は、また薔薇色に染まっていた。



「…でも、嬉しいな。」
「そうか。なら良かった。」



自然に重なり合う2人の唇は、角度を変えながら何度も深く深く、相手に侵入していった―――










リディアが持ち帰ったスウィート・リディアはあっという間に国中の女性達の間で人気となり、その後世界中に出荷されると、その可愛らしさで大ヒット商品になったという。












999本のバラの花言葉、それは―――













『何度生まれ変わっても、貴方を愛する』





―完―


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