2014
07.27

「きもだめし」

今月の季節ものエジリディSS、出来上がりました~♪暑い夏が少しでも涼しくなりますように( ̄▽ ̄)








「きもだめし」






7月になり、エブラーナでは梅雨明け宣言がなされ、晴天に恵まれる日が一気に増えた。いよいよ夏本番といった気候になり、昼間は痛いぐらいの強い日差しが降り注ぐようになった。夜は暑さが幾分和らぐものの、決して快適とは言えない環境の中で就寝しなければならない季節。そんな中でも、エブラーナ国王エッジは日々執政に精を出していた。


「あー、あちぃなぁ…。」


執務室で団扇をパタパタと扇ぎながら仕事をするエッジの口から出てくるのは、先程から同じ言葉ばかり。今夜はエブラーナ城近くの神社で毎年恒例の夏祭りがあり、午後からはエッジも準備に参加するため、何とか昼までに事務仕事を一段落させたいのだ。


エッジの装いは袖なしの胸元が空いた前合わせの上衣に、膝丈の下衣を組み合わせた簡易忍服という、すっかり夏らしいものだった。まだ午前中だというのに蒸し返すような暑さの中、首にタオルを巻き、拭いては出てくる汗を拭いながら執政の書類と向き合っていると…



「エッジ、冷たい飲み物用意できたから、少し休憩してよ。」

妻リディアが、氷の入った大きめのグラスに注がれた麦茶をお盆に乗せて、暑い中仕事に励む夫のために執務室にやって来た。長い髪を緩く耳の辺りでひとつにまとめ、麻素材の涼しげなグリーンの半袖の夏用のエブラーナ様式のドレスを見にまとった彼女はとても上品で、エッジはたちまち笑顔になる。


「おぅ、ありがとなリディア。喉渇いてたんだ~。」
「ふふふ。はい、どうぞ。」

エッジは自分の前に置かれたグラスを手に取り、ごくごくと喉を鳴らせて麦茶を飲んでゆく。夫のその豪快な飲みっぷりを、リディアは自分の椅子に座り、一緒に用意した自分の麦茶を口に含みながらニコニコと眺めていた。

「あー、美味い!夏は冷えた麦茶だな~。」
「そうね、美味しいわね。」

リディアが用意してくれた麦茶なのだから、エッジにとってその味は格別。彼が飲み干した後のグラスの中では、机の上に置かれた振動で氷が動いてカラン、と涼しげな音を立てた。


「麦茶ってくせがないから飲みやすいわよね。お肌にいい成分が入ってるって聞いたわ。」
「そうだぞ?肌にもいいし、身体にもいいもんがたくさん入ってるんだ。うちの国が他の国と比べて平均寿命が長いのは、麦茶飲んでるからだっていう奴もいるぐらいなんだからな。」


自国文化を自慢げに語るエッジ。昔は彼がエブラーナ文化を熱く語り出すとうっとうしく感じ、適当に聞き流していたリディアだったが、深い仲になっていくにつれ、そんな彼の姿を愛おしいと感じるようになった。



「ねぇエッジ、今夜の夏祭り楽しみね。今までタイミング合わなくて7月のお祭りの日に来れなかったからなぁ…。」
「そうだったなぁ。年によっては雨のせいで中止になったりしてたしな。」
「うん。…色々お店回って、一緒に美味しいもの食べようね?」

「…おぅ。」

2人で寄り添いながら屋台を巡る様子を想像しただけで鼻の下が伸び、口元がみるみる緩むエッジ。


「またそんな顔して…。楽しみね、うふふ…。」


リディアに手をそっと握られ、耳元でそう囁かれたエッジは耳まで真っ赤になった。


「ぶふふふふ、楽しみだな~。あぁ…ところでよ、リディア。」
「ん、何?」
「7月の夏祭りに来たことねぇんなら、きもだめしも知らねぇよな?」
「え、きもだめし…?」

初めて聞く言葉にリディアが不思議そうな顔をしていると、何やらエッジはニヤリと笑っている。

「ん…知らないわ。それって食べ物か何か?」
「お、知らねぇか。なら今夜のお楽しみだな。」
「???え、何?」
「まぁまぁ楽しみにしておけって!」

首を傾げるリディアを前に、エッジは白い歯を見せてニヤニヤとするばかりだった。









そして夕刻。





「おーいリディア、そろそろ行くぞー。」


夏祭り会場での準備作業を終えて城に戻ってきたエッジが妻を呼ぶと…


「はーい。」
「…!リディア、お前…。」
「うふふ、暑いから着替えちゃった。」

エッジの前に現れた笑顔のリディアはすっかりお召し替えしていた。


鎖骨が少し見えるぐらいに首回りの空いた、ひざ下丈の水色のノースリーブワンピース。アップにした緑の長い髪にはエッジにプレゼントされた向日葵モチーフの髪留め、足元は歩きやすいヒールの低いサンダルと、爽やかな夏らしい装いであるのだが、エッジは眉を顰める。

「…エッジ、この服気に入らない?」


夫の表情を見て不安げに尋ねるリディア。エッジはふーと息をつきながら頭を掻く。


「そんな露出の多い服着るんじゃねーよ。あんまり肌見せるなっていつも言ってるだろーが。これから城の外に出るんだぞ?」
「え~?これはそんなに露出多くないじゃない。暑いのに長袖なんて着てられないわよ。」

「いや、長袖着ろとは言わねーけど、せめて袖のあるもん着るか、肩掛け使ってくれよ。そんな綺麗なうなじや二の腕丸出しにしてたら男が寄って来るじゃねーか。」


しかめっ面で妻を説教するエッジ。夏は人々の心が開放的になって犯罪が増えやすいため、愛する妻に肌を晒して欲しくないのだ。


エッジとのお祭りデートのために、せっかくおめかししたのに。エッジはしょぼんとする妻を優しく抱きしめる。

「っとにしょうがねぇ奴だな~。ほら、機嫌治せよ。」
「何よぉ、エッジが文句ばっかり言うからじゃない。」

顔を背けて不機嫌そうな口調だが、それはエッジが大好きなリディアの仕草のひとつ。エッジが背中や肩を優しく撫でながら、頬にちゅっとキスをすると、リディアは顔を上げ、上気した頬をエッジに見せた。


「…そんな可愛い顔すんなって。」
「バカ。」

抱きしめられたままのリディアがエッジの胸に顔を埋めると、彼の優しく、いつもより低目の声が耳に入ってきた。

「…その可愛い格好、今日は許してやるから、俺のそばから離れるなよ?」



夫の言葉に込められた自分への想いに、リディアの頬は赤らむばかり。

「…うん。」
「よし、じゃあ行くか。」







*****






エブラーナ城から少し離れた神社に行くと、境内に続く歩道には紅白の提灯に照らされた屋台がずらりと並び、食欲をそそる香りが早速2人の鼻を擽る。すでに多くの国民や城の使用人、兵士たちが夏祭りを楽しもうとやって来ていて、リディアは夏祭りの風景に目を輝かせた。


「わぁ、いっぱい屋台があるわね!何から食べようかな~。」
「お前食いしん坊だな~。食うことばっか考えてんだろ?」
「いいじゃない、お腹空いてるんだもん!」
「はいはい、じゃ何か食うか。」


エッジがリディアの肩を抱いて向かったのは焼きとうもろこしの店。国王夫妻の姿を見た屋台の主人が気さくに声をかけてくる。


「おっ、これはお館様に奥方様!いらっしゃい!」
「よう、ご苦労さん。リディア、こいつの畑で獲れたとうもろこし美味いんだぜ。」
「奥方様、今年も甘くて美味しいとうもろこしが獲れましたよ!お一ついかがですか?」
「本当?じゃあ一つもらおうかな。」


焼きとうもろこしをぱくっと口にしたリディアは、その香ばしさと甘味にたちまち笑顔になった。

「美味しい~!ほら、エッジも食べてよ。」
「おぅ、ありがとな。…んー、美味い!」

寄り添いながら1本の焼きとうもろこしを交互にもぐもぐと美味しそうに食べていく2人。その姿を見ていた屋台の主人は微笑まずにはいられなかった。


「ははは、お2人は本当に仲良しですねぇ。」


そう言われてはっとお互いを見つめ合う2人の頬は少し赤らんでいた。どう返せばいいのか分からず、エッジもリディアも黙ってしまう。

「さぁ、もう1本どうぞ!半分ずつじゃ足りんでしょうに。」
「お、おぅ!ありがとな。ほれ、これ2本分の代金だ。」


2人は境内の方向に向かってゆっくりと歩き出した。


「…リディア、食うか?」
「うん…。」

恥ずかしいような気まずいような雰囲気の中、自然と人目を避けるように歩道の脇へと足が進む2人。エッジに差し出されたとうもろこしを、口を小刻みに動かしてもぐもぐと食べるリディア。その姿は小動物のようで、エッジは思わず吹き出してしまった。


「何笑ってるのよぉ。」
「いや…お前リスみたいな食い方するなぁと思って。」

優しい笑顔でそう言われ、リディアは視線をそらして恥ずかしさを紛らわそうとした。

「こっち向けよ。」
「…やだぁ。」
「こっち向かねぇと、とうもろこし全部食っちまうぞ?」


リディアがゆっくりと視線を合わせると、またもエッジが吹き出した。

「お前とうもろこしに釣られてこっち見ただろ?やっぱりリスみてぇだな~。」
「バ、バカッ!」

からかわれて悔しい気持ちを込めた華奢な拳がポカッとエッジの肩を叩く。

「そんな怒るなよ~。ほんっと可愛いなぁ。」
「…!もう…。」

何をやっても満面の笑みで可愛いと言われてはこれ以上怒れないリディア。頬を赤らめて少し俯いていると、エッジの指がリディアの口元にそっと触れた。

「!」
「ほら、とうもろこしのカスが口のとこに付いてるぜ。」
「ん…どこ?」
「取ってやるからじっとしてろって。」

リディアの口元に付いていたとうもろこしの欠片をぱくりと食べるエッジ。リディアは唇に残る夫の指の乾いた感触の余韻を感じ、思わず唇に手をやった。彼の面倒見の良さに、リディアの胸はドキドキしている。


「ありがと…エッジ。」
「お前はいくつになっても手のかかる奴だな~、俺がいねぇと何にもできねぇのか?」
「…うん。」

(お…?)


てっきりリディアは不機嫌になって反発してくると思っていたエッジは不思議そうな表情になった。

(随分しおらしいじゃねぇか…。)


よく見るとリディアはうっとりとした表情でエッジを見つめている。常に自分のことを気にかけてくれるこの彼の愛情に、何度励まされ救われたことか。

「私…エッジがいないとダメなのかも…。」

ぽそりとそう呟き、身を竦めてエッジの胸に顔を埋めるリディア。愛おしい以外の何でもない妻の行動に、エッジの身体は興奮に支配されていく。

「リディア…。」

愛しの妻の名を呼ぶと、彼女はエッジの胸に身を委ねたまますっと上目遣いでこちらを見つめてきた。暑さも相まって、興奮のあまりエッジは鼻血が出そうになり、思わず鼻を手で覆う。

「エッジ、どうしたの?」
「いや…何でもねぇ。」

冷静沈着でなければならない忍びの長として、何事もないかのように振る舞うエッジ。べた惚れの妻だからこそ、カッコ悪い姿は見せたくない男としてのプライド。そっとリディアの肩を抱き、その翡翠色の瞳をじっと見つめていると、2人の唇は自然に重なった。


「うふふ…エッジったら。」
「何だよ、お前がキスしたそうにしてたからしてやったんだぞ?」

しばしの口づけの後、2人は笑い合い、何となく照れ臭くて会話が途切れた。



「あぁリディア…焼きそば食うか?腹減ってんだろ?」
「うん!私も焼きそば食べたいと思ってたの。ほら、そこの屋台で売ってるのおいしそう。」
「よし、じゃ買いに行くか。」


2人で食べるからと大盛りにしてもらった1人前の焼きそばを堪能するエッジとリディアの前に、数人の私服姿の若手の兵士達が何やら話しているのが目に入った。


「おいキース、今夜のきもだめしジェシカを誘うんだよな?」
「おう!今までデートしてきて手応えあったし、今日こそは俺と付き合ってくれって言うぞ!」
「頑張れよ!できるだけジェシカを驚かせてお前から離れられないようにしてやるから、絶対うまくいくって!」
「ホントか?ありがとな。」


彼らの話を聞いていたリディアは何だかよく分からないといった表情。一方エッジはニヤニヤしながらキースに話しかける。

「キース、頑張れよ。いい報告待ってるぜ!」
「お、お館様!は、はい!」
「お前らもしっかり協力してやれよ?」
「えぇ!お館様は奥方様ときもだめしに参加されるのですよね?」
「あぁ。今までは裏方やってたけど、今年はこいつと楽しませてもらうぜ。」

きもだめしが何なのか知らないリディアは首を傾げるような反応である。

「ねぇ、きもだめしって何なの?」

王妃の質問に、キース達はちらりとエッジの方を見た。

「お前ら、説明してやってくれ。」

「はっ。きもだめしはこの夏祭りで毎年恒例のイベントでして、男女2名がペアになり、明かりのない墓場や林の中に入って道なりに進んで出口を目指すものでございます。ただし特定の場所に用意された札を取って出口に向かわなければなければならないのです。暗い中で男女が2人きりになって行動しますから、それがきっかけで毎年きもだめしの後にはカップルが誕生するんですよ!」

「へぇ、そうなんだぁ。ミストやバロンでもお祭りはあったけど、そんなイベントはなかったわ。」

初めて聞くエブラーナ伝統行事にリディアは興味津々である。

「リディア、きもだめし参加するよな?」
「んー、何か怖そうね…。真っ暗な墓場や林の中を通るんでしょ?」
「大丈夫だって!俺が一緒なんだからよ!」

しっかりと肩を抱く、エッジの大きな手。いつも安心感を与えてくれるその温もりが、リディアの恐怖心を和らげる。

「ん…エッジが一緒なら、大丈夫よね。」

寄り添ってくるリディアに、エッジは部下達の前だというのに口元がみるみる緩んでいく。

「リディア…俺から離れるんじゃねぇぞ?」
「うん!」

熱々の国王夫妻を見守る若手達の視界に、数人の若い女性達の姿が入った。

「!おいキース!」
「あぁ!」

仲間に促され、意中の女性を見つけたキースは素早く彼女に駆け寄る。どうやら自分ときもだめしに参加しようと誘っているようである。

「ねぇエッジ、あの子がジェシカ?」
「あぁ。はは、キースの奴必死じゃねぇか。」
「ふふふ、上手くいくといいわね。」
「そうだな。さて、俺達は先に境内に行くか。そこでじいと若い奴らがきもだめしを取り仕切ってるからよ。」









境内に行くと、そこには家老と数人の若手兵士達がすでにきもだめし参加希望者や国民達に取り囲まれていた。

「お、今年も大人気だな。…俺ずっと裏方やってたからよ、お前と参加できるの、すげぇ楽しみだな。」

いつになく小声で話す夫の表情からは、何やら照れ臭さのようなものが見てとれる。

「そうだったの?…今まで他の女の人、誘ったりしなかったの?」

エッジが自分一筋であることを分かっていながらも、確かめたくなってしまうのが女の性。

「…お前と出会ってからは、他の女なんて興味なかったっつーの。」

リディアの肩を抱くエッジの手に、力がこもる。それを感じたリディアがふっと笑うのを聞いたエッジは、恥ずかしそうにリディアを見た。

「んだよ、野暮なこと言わせんじゃねぇよ。」
「うふふ、ごめんね。…でも、嬉しいな。」


10数年という長い間、自分だけを愛してくれたエッジ。恥ずかしそうに頬をほんのり赤らめる彼の体温を感じながら、リディアは全身が幸せな気持ちで満たされていくのを感じた。


「さあさあ皆の者、今年もきもだめしが始まるぞい!」

掛け声とともに家老の手を叩く音が響き、エッジとリディアははっと我に返る。

「これからいくつか参加上の注意点を説明するゆえ、参加する者達はわしの近くに寄るのじゃ!」

若いカップルを中心に、多くの男女が家老の周りに集まってきた。エッジとリディアはその後ろから耳を傾ける。

「まず1つ目。今年の場所はこの境内の裏じゃ。毎年の事じゃが、暗がりで足元が見えにくいので、怪我には十分気を付けるように。2つ目は、必ず途中にある札を持ち帰ってくるように。札がなければ景品はもらえぬから、怖くても勇気を出して札が置いてある場所を探し当てるのじゃぞ。そして最後に…」

参加者がふむふむと頷いていると…



「…怖気づいたなら、今の内に参加を取りやめることじゃな…ほっほっほ。」

家老の軽いジョークに、笑いが起こる。すると数人の子供たちが家老のそばに駆け寄ってくる。

「ねぇ家老さん、今年も怖いお話聞かせてくれるの?」
「私も聞きたい!」
「おぉもちろんじゃ。ではきもだめしの前に一つ聞かせてやろうかの。」

大人達も毎年恒例の怪談を聞こうと、家老に注目した。咳払いをした家老は少し間を取り、話し始める。

「昔々、エブラーナ大陸ではジェラルダイン家とバークレイ家がそれぞれの領地を治めておった。両家ともに、このエブラーナで皆が平和に仲良く暮らせるように毎日会議を開いて知恵を出し合い、人々の暮らしをより豊かなものにしようと努めておった…」

家老の話に、幼い子供も聞き入っている。

「しかしある日、会議で意見が分かれ、それが原因で間もなく戦争が起こってしもうた。戦争で両家とも多くの怪我人や死人を出し、もうこんなことはやめようとジェラルダイン家は言ったのじゃが、バークレイ家は譲らず、攻撃を続けた…。」


戦、怪我人、死人。月の大戦でルビカンテに城を焼かれた過去が思い起こされ、大人たちは神妙な顔つきになる。

「もうどうしようもないと考えたジェラルダイン家は、一気にバークレイ家の領地へと攻め入り、彼らを捕らえ、2度と争いを起こさせないようにと、当主、その正室や側室、子供全てを公開処刑で打ち首にし、バークレイ家を断絶させた。」
「…!」

戦に敗れし者は根絶やしにされる。命を大事にせよと唱える現国王エッジの治世ではもうあり得ないエブラーナの昔の習慣に、リディアは身震いした。

「その後は争いのない平和な日々が訪れたのじゃが、病気でも何でもなかった元気な者が次々急死する事件が相次ぎ、人々の間では奇妙な噂が立つようになったのじゃ。それは……『公開処刑が行われた場所に現われる火の玉に触れると、呪われて1週間以内に死んでしまう』と…。」


リディアは背筋がゾクリとし、思わずエッジを見つめるが、彼は余裕のある笑顔だった。

「遺族の証言から、亡くなった者達は死ぬ1週間程前に公開処刑がなされた場所を通っており、また死んだ者に同行していた者は確かに火の玉を見たと証言しておったためじゃ。人々はバークレイ家の怨念がジェラルダイン家への復讐を果たそうと、火の玉となってこの世を彷徨っているのだと考えるようになった。そして人々は供養をし、咒を唱えたりして亡きバークレイ家の魂を成仏させようとしたが、その後も元気だった者が急死する事件はなくならなかったという。そしてその公開処刑が行われた場所というのが…」


「これから皆の者がきもだめしを行う、この境内の裏だと言われておる…。」

家老の怪談を聞いていた者達からはどよめきが起こった。

「やだぁ…怖い。」
「お、なんだよビビってんのか?」

身体を縮こませてしがみついてくるリディアが可愛くて、エッジはニヤニヤしながら彼女の肩を抱いてやった。

「ほっほっほ、これできもだめしの準備が整ったようじゃな。さぁて、誰から行くのかの?」


参加しようと集まった者達はすっかり足が竦み、なかなか手を上げようとしない。すると…


「はい!私共が参ります!」

先程必死に意中の女性を誘っていたキースが手を上げた。

「おぉ、そなたらが行くのか。気を付けてな。」
「はい!さぁジェシカ、行こう!」
「えぇ~、やだ怖い…。」
「大丈夫だよ!俺がついてるじゃないか。」

せっかくのチャンスを逃すまいとキースは必死である。ジェシカはしぶしぶ彼の腕にしがみつき、2人は境内の裏へと消えていった。


「あの2人上手くいくかな?キースの奴、ずっとジェシカの事が好きだったらしいからな~。」
「ジェシカも満更じゃなさそうだよなぁ。これは戻ってきたら冷やかし決定だな!」

きもだめし会場担当の若手の兵士達はクスクスと笑いながら仲間の恋愛成就を祈る。

「はっはっは、若い者は楽しみがあっていいもんじゃな。さて、そろそろ次の組の番じゃが、誰が行くかの?」

「では次は僕達が!ほらイリーナ、行くぞ。」
「う、うん…。」

別のカップルが境内の裏へと進んでゆき、その後も時間差で次々とカップルが暗闇の中へと消えていった。

「よしリディア、俺達もそろそろ行くか!」
「…。」
「リディア、どうした?」
「やだ…怖いよ。火の玉が出たらどうするのよぉ…。」

怪談を聞いてすっかり怯えてしまったようである。今にも泣き出しそうなその姿が初々しくてたまらなく可愛らしい。

「ははは、あんなのじいの作り話だって。まさか信じてるのかよ?」
「そ、そんなの分かってるわよ!けど…。」
「大丈夫だって。…怖かったら俺にしっかりくっついてたらいいんだぜ?」


このままきもだめしに臨めば、間違いなくリディアは自分に縋り付いてくるに違いないと確信したエッジは満面の笑み。身を竦めるリディアを優しく抱き寄せる。

「お前そんな怖がりだったのかよ?今までこういう暗いとこ、何度も一緒に通ったじゃねぇか。」

それはそうなのだが、リディアにとっては同じ暗闇の中とは言え、実体のあるモンスターと戦うのとは違う。暗闇に加え、家老の怪談がリディアの恐怖心を煽るが、エッジが一緒ならと腹を決めるリディア。

「うん…じゃあ行く。」
「よし!…じい、次は俺達が行くぜ。」
「それはそれは。お気をつけて行ってらっしゃいませ。」


笑顔の家老に見送られ、エッジとリディアは境内の裏へと進んでいった。






「うわぁ、真っ暗ね…。足元、気を付けなきゃね。」
「んー、昼間に石ころとか躓きやすいもんは全部よけてあるから大丈夫だぜ。」
「そうなの?」
「おう。こんなのゲームみたいだけどよ、主催するからには皆の安全保障しなきゃなんねーからな。」

エッジの話を聞いてほっとするリディア。しかし…


「きゃあああああっ!」
「おぉう、何だよ?」
「な、何か今気持ち悪いものが顔に飛んできたの…!」

得体の知れないものにすっかり怯え、夫の腕にしがみ付くリディアだが、エッジは笑いが止まらない。

「ははははは、今のは蒟蒻だって。」
「こ、蒟蒻…?」
「きもだめしの定番だぜ。あのぼよぼよした感触が気持ち悪いからな~。」

結婚するまで毎年きもだめし会場の裏方をやっていたエッジは参加者を驚かす小道具を知り尽くしているため、余裕の表情。だがリディアは早くも泣き出しそうである。

「んもう…。エッジ、私のこと置いていかないでよ…?」

暗闇の中で胸元にしがみついてくる妻。背中をさすってやると、しがみつく手にギュッと力が入ってくるのが分かる。

「大丈夫だって。ほら、俺にしっかりくっついてな。」
「う、うん…。」

妻が怯えているのをいいことに、身体を密着させ、肩をしっかりと抱いてやるエッジの手。そしてそこから奥に進んでいくと…


「ひっ!」
「ん?」
「エッジ…今向こうの茂みがガサガサ言ってた…。」

風で茂みが揺れただけでも敏感に感じ取っているリディア。完全に怯えている様子がエッジには可愛くてしょうがない。

「風で揺れただけだって。怖がりだな~。」
「ほ、ほんとに…?」
「本当だって。ほら誰もいねぇじゃねぇか。」

エッジにそう言われて納得したものの、華奢な身体の震えが止まらない。するとリディアは自分の肩を叩かれているのを感じ、エッジがそうしているのかと思いふと肩の方に目をやると…


「いやあぁぁぁぁぁっ!」
「あ?どうした?」

リディアの目の前には、白い着物を纏い、片目がつぶれている長い髪の女性。もちろんきもだめし会場担当の若手兵士が化けているのだが、見たことのない異国のお化けはリディアにとって恐怖以外の何でもない。


「いやああぁ…エッジぃ…。」


夫の胸に力いっぱいしがみ付くリディア。エッジは大好きな妻に抱き付かれてニヤニヤするばかり。

「よしよしリディア、俺がついてるから大丈夫だぞ?しっかりくっついてろよ?」

妻をギュッと抱きしめ、背中を撫で、頬やおでこにちゅ、ちゅとキスをしながらこの上なく優越感に浸るエッジ。愛する女性を守っているのだというプライドが湧いてくる。


抱きしめられ、落ち着きを取り戻してきたリディアはエッジの顔を見上げた。

「ほらリディア、もうさっきのお化けはどっか行ったぞ。」
「…。」
「先に進むか?」

無言で頷くリディア。エッジは彼女の歩調に合わせ、肩や背中をさすりながら進んでいった。


その後、ろくろ首や一つ目小僧、一反木綿やぬらりひょんが現れ、そのたびに王妃の悲鳴が境内の裏で響き渡った…。







「はぁ…もうやだぁ。」

何度も悲鳴をあげたリディアは疲れ切り、その歩き方は何とも弱々しいものだった。

「もう少しで出口だって。ちゃんと札も取ったしよ、最後まで頑張ろうぜ。」

夫に励まされ、何とか歩き続けるリディア。すると…

「!あれは…。」

青白い光が前方にふよふよと浮かんでいる。だんだんこちらへと近づいてきたのでリディアはエッジにしがみ付く。

「お?これ火の玉じゃねーか。」
「火の玉…!エッジ、逃げなきゃ!触ったら呪われて死んじゃうわよ!」

家老の怪談を思い出したリディアはエッジの手を引こうとする。

「何だよ、じいの作り話信じてんのかよ?へ~、本物みてぇじゃねぇか。今年は随分本格的だな。」

自分の目の前に飛んできた火の玉をまじまじと眺めるエッジだが、呪われるという恐怖に駆られたリディアは必死に彼の腕を引っ張り、その場から離れようとする。

「すげぇ、どうやって作ったんだ?」

火の玉を指でツンツンとつつくエッジ。

「エッジ、触っちゃダメっ!!」

泣き叫びながら夫を必死に出口へと引っ張ろうとするリディアだが、彼は面白がって火の玉を触り続けた。すると火の玉はエッジの周りをグルグルと飛び回り、上空へと消えていった。


「そんなに泣くことねぇじゃねぇか~。あれは作りもんだって。」


火の玉に触れたことを何とも思っていないエッジだが、リディアは震えながらその翡翠色の瞳から涙を溢れさせた。

「だって…エッジが…死んじゃったら…うっ…う…。」
「お、おいリディア…。」



肩を震わせて泣きじゃくるリディアをそっと抱きしめ、背中を優しくポンポンと叩く。

「…俺が死んだら嫌か?」
「嫌っ…。」



きもだめしのせいで普段と異なる心理状態とは言え、自分を心配してくれるとは何と愛おしいことか。片想い歴の長かったエッジにしたら、今のこの状況は天にも昇る心地だった。



「ん…そうか。ごめんな、泣かせちまって。ほら、もう出口が見えてっから行こうぜ。」

エッジは親指の腹で、白磁のように滑らかな頬を伝う涙を拭ってやり、そこにそっとキスをした。












「これはお館様と奥方様、お帰りなさいませ!」


出口に着くと、きもだめし会場担当の兵士、そしてエッジ達よりも先に行ったカップル達が談笑していた。

「いや~、楽しかったぜ。裏方で皆をびびらすのもいいけどよ、やっぱりこいつと参加するのが1番だな。」
「それはそれは!…奥方様の悲鳴がこちらまで聞こえてましたから、皆で大丈夫なのかと言っていたんですよ。」


笑いながら話す兵士を前に、そんなに大きな声を出していたのかと、恥ずかしそうに縮こまるリディア。

「だってあんなの初めてだったんだもん…。見たことないお化けばっかりだし。」
「ははは、そうでしょうねぇ。けどそこまで怖がってもらえたのなら私共もやったかいがありましたよ。」



2人が兵士と話していると最後のカップルが出口へと辿り着き、入口からこちらへやって来た家老が全員の無事を確認した。


「うむ、全員無事に帰ってこれたようじゃの。さて、もういい時間じゃ。皆の者、城へ帰るぞ!」









「はぁ…疲れちゃった。」


帰り道、泣いたせいですっかり疲れてしまったリディアを見たエッジはくっと笑う。

「ははは、お前意外と怖がりなんだな~。あーいうの平気だと思ってたけど。」
「だって武器も何も持ってないし、ああやって急に出て来られたらびっくりするじゃない…。」

終始夫に縋り付いていたリディアは不機嫌そうな口調だった。

「そんな怒るなって。俺がいたから大丈夫だっただろ?」
「…知らない。」
「何だよ~、拗ねやがって。」


エッジとリディアは喧嘩しているように見えるが、周りを歩く家老や兵士達はそれを微笑ましそうに眺めている。


「お館様、奥方様。お2人が仲睦まじくて、じいは嬉しゅうございますぞ。」


満面の笑みの家老に、2人は思わず顔を見合わせた。さっきまでご機嫌斜めだったリディアだが、エッジの顔を見つめている内にその表情は柔らかみを増していった。


「リディア…。」
「ん?」
「来年も…夏祭り一緒に行こうな?」
「…うん。」

リディアの指にエッジの骨太の指が優しく絡み合ってきて、思わずキュッとその手を握ると、彼もギュッとリディアの華奢な手を握ってきた。


「エッジ、来年は火の玉触っちゃダメよ?」
「ははは、そうだな。」


唇を少し尖らせ、不満げな表情でこちらを見つめるリディア。少しばかりふざけ過ぎたかと内心反省するエッジはふと、あの火の玉のリアルさを思い出した。


「そういやあの火の玉、どうやって作ったんだ?すげぇ上手くできてたじゃねぇか。」

エッジの問いに、家老や兵士達が何やら不思議そうな表情である。


「はて…?そなたら、そのような物を作っておったのか?」
「いえ…企画書には火の玉の項目はなかったと思いますが…。」

「へ…?」


その場にいた全員の背筋に、何やら寒気のようなものが這い回った。


「…誰か、秘密で火の玉を作っておったのかの…?」


家老の質問に、きもだめし担当の兵士達全員が一斉に首を横に振った。


「お、お館様…火の玉を見たのですか?」
「おぅ…出口の近くで見たぞ。なぁ、リディア?」
「うん…。」

顔色の悪い国王夫妻を前に、全員が顔を見合わせた。


「あぁ…しかし火の玉を見ただけならば問題ございませんでしょうに!呪われるのはそれに触れた者だけですから…。」


慌てて家老がフォローするが、エッジにとっては耳が痛い一言。頭を掻く彼の額からは汗が流れ出す。


「いや、それが…」
「も、もしやお館様…触ったのでございますか!?」
「…おぅ。」


全員が静まり返り、兵士達はどうフォローすべきなのか必死に考えを巡らせるが、言葉が出てこない。


「け、けどよ…あの怖い話って完全に架空の話だろ?毎年じいがきもだめしを盛り上げるために作ってんだしよ。」

「…いつもはそうなのですが、今年はさすがに話のタネに困りまして…昔の資料を元に作ったのです…。」


家老の言葉に、その場にいた全員の顔が青ざめた。

「お、おい…マジかよ…。」
「エッジ…やだぁ…。」





エッジのきもだめしは、ここからが本番である…。

―完―

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